訓練開始 その2
世の中がなろうの小説よりもハチャメチャなんだが?
前回のあらすじ。
ケンジはエルディアにシバかれ、ベルムートによって杖を授けられた。
ウェンティートは矢の雨から木偶坊を守った。
「私はティンウェン。あなたに体術教えるネ」
ニムリの訓練の相手はアオザイを着た小柄なエルフのおばあちゃんだった。
腰はシャンと伸びてかくしゃくとしている。
「え? あんたが?」
「そうヨ。それじゃさっそく模擬戦始めるネ。かかってくるヨロシ」
「年寄り相手は気が引けるけど……やれっていうならやるぜ! うらぁ!」
躊躇しつつもニムリは拳を繰り出した。
ティンウェンはまったく動じず、ごく自然体でニムリの拳を受け流した。
動きにまったく無駄がない最小限の動きだ。
「うわっ!?」
あまりにも抵抗なくきれいに受け流されたため、ニムリは拳が空振ったかのような錯覚を覚えた。
「ホッ!」
そこへティンウェンの手がポンと隙だらけのニムリの体に触れた、次の瞬間ぽーんとニムリの体が吹っ飛んだ。
「のわぁっ!?」
大きく放物線を描いたニムリは、わけもわからないまま地面に落下した。
「ぐはっ!」
ダメージ事態はほとんどなかったニムリは頭を振りつつ立ち上がった。
「く、くそっ! い、いったい何が起こったんだ!?」
ティンウェンが行ったのはニムリの力を利用して投げ飛ばしただけだ。
傍から見ていればすぐにわかる。
しかし、当事者のニムリにしてみれば拳を突き出したと思ったらいきなり宙を舞っていたというわけがわからない状況に陥り、考える暇もなく地面にぶつかったのだ。
混乱するのも無理はないだろう。
「次は当てる!」
なんとか気持ちを立て直したニムリは今度こそはと本腰を入れてもう一度ティンウェンに仕掛けた。
「うらぁ!」
「ハイヤー!」
ティンウェンはまたしても軽々とニムリの拳を受け流し、その力をそのままニムリの動きに上乗せした。
「んなぁっ!?」
ニムリは自分の意図した動きとまるで異なる力の流れに逆らえず、バランスを崩した。
「ど、どうなってるんだ!?」
予想と現実の差が大きすぎてニムリは心身ともに混乱状態だ。
「ホッ!」
そこへティンウェンが軽くポンとニムリの体を押すと、まるで最初からそうあるべきかのようにニムリの体がゆっくりとした動きで地面に倒れ込む。
ポスっと軽い音を立ててニムリの体を地面が受け止めた。
「なっ!?」
ニムリは驚愕した。
地面に倒れ込んだときの衝撃がほとんどなかったからだ。
「くそっ!」
立ち上がったニムリは再びティンウェンに向かっていく。
今までその場から動かなかったティンウェンは、拳を振りかぶったニムリに対してスッと一歩近づいた。
「っ!?」
どうせ今回もティンウェンは動かないのだろうと予想していたニムリは完全に攻撃のタイミングを外された。
そのニムリの動揺を見透かしたかのような目でティンウェンはニムリの目をじっと見つめていた。
「うら――のわぁ!?」
そして、ニムリが拳を前に繰り出そうと踏み込んだとき、ニムリは何かに躓いて転んだ。
「へぶっ!」
またしてもニムリは地面に転がった。
ニムリが転んだのは至極単純なことで、ティンウェンの足に躓いたせいだった。
ティンウェンはニムリの意識を足元から逸らすために距離を詰めて目を見つめ、予めニムリが踏み込んで躓く場所に足を置いていた。
ただそれだけのこと。
しかし、それは老練した技術と経験に基づいた、紛れもなく一流の武芸者の動きだった。
その後もニムリの攻撃の尽くがティンウェンに容易く捌かれる。
ティンウェンに手玉に取られ続けたニムリは心身ともに疲弊し、地面に倒れ込んだ。
「はぁ……はぁ……」
「今日はこれくらいにしとくヨ」
対するティンウェンは息一つ、服すらも乱れていない。
「何か聞きたいことはあるネ?」
「どうすれば……あんたみたいに強くなれるんだ?」
「まずは自分と相手の知覚と重心を理解するネ」
「知覚と重心?」
「そうネ。相手の知覚を妨害しつつ、重心を崩せばどんな相手でも、たとえ体格差があってもそのハンデを覆せるネ」
「!?」
ニムリは目を見開き驚いた。
まさにニムリが求めていた力を示されたからだ。
「立つネ」
「!」
ティンウェンがニムリに手を差し出した。
ニムリはそれを掴んで立ち上がる。
「常に己の重心を意識するヨロシ」
「わかったぜ」
「筋力はあるみたいネ。攻撃が当たればなかなかの威力ヨ」
「力には自信があるからな」
ニムリはニッと笑みを浮かべた。
ティンウェンは微笑ましそうにニムリを見た。
「明日からは知覚と重心の訓練ネ。強くなるがヨロシ」
「よろしくお願いするぜ師範!」
「よろしくネ」
元気よく声を上げたニムリに、ティンウェンは笑みを浮かべた。




