幕間 女騎士、出発!
前回のあらすじ。
村娘Aと村を出た。
ブライゾル王国の王都から馬車で2、3日のところにある都市サルド。
この都市はまだブライゾル王国が小国だったときに土地開拓の際の拠点として作られたのだが、今では交易の要所として驚くほど発展した大都市になっていた。
その都市内にある騎士団サルド支部の詰所の裏庭で、エミリア・ストロングウィルドは最低限の飾りのついた騎士服とブーツという服装で、細剣を振って自己鍛錬に勤しんでいた。
「はぁっ!」
エミリアの気迫のある声と共に細剣が突き出される。
太陽の光を反射して生命力溢れる長い金髪を邪魔にならないように後ろでまとめているエミリアは、サファイアのような青い瞳を光らせて自分の思い描く動きをその美しく引き締まった体に要求する。
エミリアのまわりにも訓練に勤しむ者たちはいたが、エミリアの美しさと剣筋の流麗な動きに引き付けられてチラチラと視線を向けており、自らの訓練にあまり身が入っていないようだった。
エミリアは常々実戦で鍛えたいと思っているのだが、仕事中は勝手に魔物を狩りに行くことは禁止されている。
ならば模擬戦をしようと思ったのだが、いざ対戦すると相手が委縮してしまって訓練にならなかったり、叩きのめすと稀に「ありがとうございます!」と恍惚の表情で感謝されたりして気が削がれるため、今では仕方なく一人で鍛錬をしている。
「ふー……」
「……! ……!」
エミリアが一連の動作を終えて一息入れていると、何かあったのか詰所の方が騒がしくなった。
「何? 騒がしいわね」
気になったエミリアが詰所の方を見ると、詰所の裏口から男が一人裏庭に出てきた。
「いやー、今日も動きが冴えてますねー」
彼はエミリアの所属している隊の隊長ノーレン。
エミリアはその隊の副隊長を任されていた。
ノーレンは体を鍛えてはいるものの、見た目は少しひょろくて頼りなさげだが、気の利く男だ。
「あなたも鍛錬したらどう?」
「俺は夜型なんですよ」
ノーレンが鍛錬に来ないのは書類仕事のほとんどを彼一人で片づけていたからだとエミリアは知っていたが、お互い役割は分かっていたため軽口で返した。
当然ノーレンもこれに応じた。
ただ、エミリアはノーレンが言葉通り仕事が終わった夜に自己鍛錬をしているのも知っていた。
ちなみに、エミリアの役割は武官として実戦での実力で以て隊を引っ張ることで、文官寄りのノーレンは書類仕事と戦闘以外の隊の運営を行っている。
「それで、詰所で何かあったの?」
エミリアは気になっていたことをノーレンに聞いた。
「そうですねー。まあ、ついてきて下さいよ」
ノーレンはちょっと困った顔でそう言った。
「わかったわ」
エミリアは鍛錬を切り上げて、ノーレンについて行くことにした。
「お願いします! 村が危ないんです!」
「わ、わかりましたから! 落ち着いて下さい!」
エミリアがノーレンに続いて詰所に入ると、平民らしき男が受付を担当している女性騎士に詰め寄って騒いでいた。
「お願いします! このままじゃ村が! 村の皆が!」
「落ち着いて下さい」
エミリアは騒いでいる男に声をかけた。
「! あ、ああ」
エミリアの凛とした声音によって、男は我を取り戻した。
「あっ! エミリア様!」
受付の女性騎士は、助けが来たとばかりにエミリアに顔を向けた。
「だ、誰だいあんたらは?」
男は、急に横から現れたエミリアとノーレンに少し狼狽えながら聞いてきた。
「私はこの詰所に配属されている騎士でエミリアと言います。隣にいるのは私と同じく騎士でノーレンと言います」
「ノーレンです」
軽く挨拶を交わす。
「ジェシカ、ここは私たちにまかせてください」
「はいっ!」
エミリアの頼もしい言葉に、受付の女性騎士ジェシカが笑顔で了承した。そのままジェシカは、成り行きを見守ることになった。
「それでは、お話を伺ってもよろしいですか?」
エミリアは男に向き直って尋ねた。
「あ、ああ実は――」
男は話し始めた。
「……なるほど。あなたはここから馬車で片道10日かかるフィルスト村の出身で、森が急に騒がしくなって調べに行った村の男が魔物に襲われ大けがをしたので騎士団に助けを求めに来たと……」
「ああ! このままじゃ村が魔物に襲われるかもしれない! 助けてくれ!」
男は頭を下げた。
「わかりました。すぐに出発の準備を――」
「だめだ」
整えます、と言う前に階段の上から制止の声が飛んできた。
「ラドルフ軍団長」
エミリアは声のした方を振り向いてそこにいた人物の名前を呼んだ。
ラドルフは歳は40代で厳つい顔に髭を生やし、服を着ていてもわかるほど鍛えぬかれた体を持つ男だ。
ラドルフは平民からの叩き上げの武官で、この都市の騎士団をまとめ上げている傑物だ。
「その村に行くことは許可できない」
「……なぜでしょうか?」
ラドルフの発言に、エミリアは思わず険のある声音で聞き返した。
「ここに配属されたお前達の任務は、この都市の周りに出現した過剰な数の魔物の排除だったはずだが?」
「はい。ですが、最近は数も落ち着いてきたとの報告を受けていますが」
2ヵ月程前からこの都市の周りの魔物の数が異常に増え、住民や商人、冒険者らの被害が後を絶たなかった。
頑丈な城壁で都市を囲っているため都市内に直接被害は出ていないが、交易の要所であるこの都市の流通が滞るのは経済的な打撃が大きいため、これ以上の事態の悪化を防ぐために、国を守ることを使命とする騎士団が対処することになった。
そして、王都にある騎士団本部からの応援として、この都市に派遣されたのがエミリアの所属する隊だった。
幸い一体一体の魔物はそれほど強いわけでもなかったが、数だけは多かったので、着任当初は都市外を一日中駆けずり回ってへとへとになっていた。
そのうち、魔物が多いと聞いて稼ぎに来た冒険者達が続々とやってきて、魔物をどんどん狩っていったため、今では騎士団が出なくても冒険者達だけで十分に対処できている。
魔物が急激に増えた理由はいまだに分かっていないが、その魔物の数もここ1週間ほどは落ち着いてきており問題はないはずだとエミリアは考えていた。
しかし、ラドルフの考えは違っていた。
「楽観視はできない。今後何かあった時、すぐに対処できるようにお前たちにはしばらくここに留まってもらわねばならない」
「村の調査に行く人員を絞れば問題ないはずです」
ラドルフの言葉に、すかさずエミリアが反論する。
「調査に行く程度なら冒険者にでも頼めばいい。我々が出向く必要はない」
「そんな!」
ラドルフの切って捨てるような発言を聞いた村人の男が絶望の表情で声を上げた。
村は辺境にあり、そこまで行くにはそれなりの金がかかる。
それに見合った報酬を貧しい村が払えるわけもなかった。
それは、ここにいる誰もが分かっていることだった。
なので当然エミリアは反抗した。
「いいえ、あります。どんな辺境だろうと国民を救うのが私たち騎士団の義務です」
ラドルフは顔をしかめた。
彼はなにも冷血漢というわけではない。
今までの彼の発言は、都市の安全を最優先に考えた結果なのだから。
ラドルフは大のためなら小を捨てるという覚悟があり、理性的な判断で意見を述べているにすぎないのだ。
「それに、もし何もせず村に犠牲が出た場合、国の威信に関わります」
騎士団は国民を守るための剣であり盾でもある。
そんな騎士団が国民から直接頼られたのにそれを無視し、さらには犠牲が出たと知れれば大問題だ。
国民から軍や国に対する反発が強くなるのは間違いない。
「何かあってからでは遅いのです」
エミリアは真摯にラドルフに訴えた。
そのまっすぐな瞳がラドルフに向けられる。
「……わかった、許可しよう。ただし、このことは王都の騎士団本部に報告させてもらう」
上官に逆らった問題行動として報告するのだろう。
その程度であれば些細なことだ。
許可をもらえただけ十分だった。
「ありがとうございます。では、準備を整えて明日の朝出発いたします」
「あ、ありがとうございます!」
村に騎士が派遣されることになり、村人の男は喜びと共に感謝の言葉を述べた。
ラドルフは、話は終わったとばかりに自分の部屋へと戻っていった。
「あなたには道案内をしていただくことになります。今日はここでお休みください」
「は、はい」
「ジェシカ、案内してあげて」
「はいっ!」
エミリアは村人の男に告げて、後のことをジェシカにお願いした。
そして、エミリアとノーレンは村に向かうための準備のためにその場を後にした。
「勝手に決めちゃって悪かったわね」
エミリアはさっきまでの堅苦しい言葉遣いをやめて、砕けた口調でノーレンに詫びた。
「いえいえ、お気になさらず。俺もエミリア様と同じ意見でしたから」
民の危機を前につい先走ってしまったエミリアだったが、ノーレンはそういうエミリアの行動は心得ているので、軽く手を振って笑いながら答えた。
ラドルフと話している間、ノーレンはずっと黙っていたが、特に不満があったわけではないようでエミリアはほっとした。
「そう。ならさっそく調査部隊の選抜をしないとね」
それからエミリアたちは、エミリアとノーレンを含めた5人の調査部隊を編制して準備をし、夜明けとともに都市を出発した。




