弱肉強食である件について(仮)
「ふふ、意外に素直なのね」
「礼を言わないといけないところはしっかりしないとな」
「ちょっと待て!」
そのとき、かおるの右側から、叫び声がする。そこにいるのは、トシコの見合い相手の、阿久津 典夫だ。
「そんな副作用があったなら、どうして僕に教えてくれなかったんですか? それに、その計画についてもまったく教えてくれなかったのはなぜですか?!」
「そんなことか・・・」
敏夫は、典夫に対して、呆れ顔を向ける。
「俺が、君の、いや、君の家阿久津家の思惑について気が付かないわけがないだろう? 君達の思惑なんて最初から知っていたさ」
「なん・・だって」
典夫の表情は一気に暗いものになる。
「だから、君にも丸薬を飲ませたんだ。といっても、あれは君が自ら飲んだものだけどね」
敏夫が木から下りてくる。そして、昭美の横に立つ。
「それと、君には礼を言ったほうがいいのかな? 先ほど、彼にそうしたほうがいいと習ったからね」
「礼?」
典夫が聞く。
「君が、義信を手にかけてくれて助かったよ。あいつは、この作戦には反対だったからね」
「・・・すべて、あなたの思惑の中だったと?」
「いや、そこまでのものではないよ。ただ、君はよく泳いでくれた」
敏夫はいやらしい笑顔を典夫に向ける。
「そんな・・・・」
典夫の表情は絶望に変わっていた。
「さあ、もう終わったことはいい。これからの話をしようか、かおる君」
「これからの話?」
「ああ、俺達はね。これから、あの阿久津家の人間を使って、阿久津家を手中に収めるつもりだ」
「・・・・・」
「それで、君には忍の世界に来ないかとスカウトをしようと思ってね」
「スカウト?」
「ああ、最初は君のことをただの敵としてしか認識をしていなかったけど、ここまでの戦闘を見て考え方を改めた。君の力があれば、忍の世界の頂点を取れる。君も気が付いていると思うが、忍は単純な力では、君のような強大な力を持つ人物には勝てない。それは、他の家とて同じ。いい話じゃないか? 君は忍の世界で王になれる」
敏夫は意気揚々と話す。
「ふん。王になるのは、俺じゃなくて、あんただろう? 上手いこと言うと俺がだまされるとでも思ったか?」
「つまり、提案には乗らないと?」
「ああ」
「残念だ。できればトシコの友達は殺したくはなかったんだがな・・・」
敏夫が、かおるに近づいてくる。
「せめて、俺の手で殺してやろう」
今、かおるはバリアもなくなっている。なので、今はただの人間。つまり、刺されれば死ぬ。
「!!」
そのとき、かおると、敏夫の間に昭美が入る。
「どうした? 昭美」
「俺は母上じゃねえよ。父上・・・」
トシコの怒気が強い。
「なんだと? 昭美がお前に負けたのか?」
「そうじゃねえよ。母上から、全部聞いた」
トシコは真剣な顔だ。
「俺の見ていた2人の不仲は本当だった。だけど、結末が違った。父上は俺達子供を人質に、母上を篠原家に縛りつけていた。そして、母上には、隠密の任務を与え、小さな忍の一族を手中に入れていった。そして、今回だ。阿久津家から、俺との見合いの話が来た。そこで俺を家に取り戻すために母上を使ったわけだろう。しかも、今回は兄上まで直接ではないにしろ手にかけた」
「だから、なんだというんだ? それが昭美がお前に体を預けた理由にはならない」
「何もわかってない! 母上の精神はもうぼろぼろだ! だから、俺が出てきた!」
「なんだ。ただの弱虫だっただけか」
「く!」
トシコは今にでも襲い掛からん勢いだ。
「お前達が、俺の前に立つというなら容赦はしないぞ」
敏夫がトシコに近づく。
「一つ聞いていいか?」
そのとき、かおるが尋ねる。それで、敏夫の足が止まる。
「なんだね?」
「俺が最初、あんたに会ったときの印象は、娘を溺愛する父親っていうものだったわけだけど、あれは嘘なのか?」
「嘘ではない。俺はトシコの幸せをもちろん望んでいる。だが、俺は篠原家の当主だ。家族のことばかり考えることはできない。一族の幸せのために、家族を切り捨てることも大切だ。そもそも、篠原家の本家に属する人間は、自らの我など通してはいけない。大きな幸せのためには、小さな幸せを捨てなければいけないときもあるわけだ」
「つまり、篠原家の忍が幸せになるなら、他の忍が不幸になるのは仕方がないということか?」
「ああ、この世は弱肉強食だ。それは仕方がないことだろう。大なり小なり、世界はそういう社会を許容しているではないか? 別段忍の世界だけの話ではない。大きな会社は小さな会社を買収するし、学校にはスクールカーストが存在する。美男美女が幸せになるし、どうしても天才には凡人は勝てない。それが社会だ。それが、忍の世界でも起きている。ただそれだけだ。そうでないとは言い切れないだろう?」
敏夫の言うことは正しいのだろう。だが・・・・
「確かにその通りなのかもな。正直、難しいことはわからないけど、そういう雰囲気を感じないわけじゃない。でもそれを否定して生きるのも、また自由だろ?」
「ああ、だが、もしここで、俺を止めたとしても、それは俺が弱かったというだけで、それもまた、弱肉強食の内にあるものだ。否定したとはいえない」
「そうだとしても、俺はそれが正しいとは言わない」
かおるは、その場に立つ。
「いよいよ、最終ラウンドかい?」
「かもな」
「かおるはどうやって戦うんだい?」
「それはお楽しみだ」
小説の中身で気になることがありましたら、感想でもなんでもお尋ねください。書けていない裏設定など、そこで説明したいと思います。
お読みいただきありがとうございました。