たぶん異世界24日目 ~ヒルトの日記 3ページ目~
彼女は俺の名を聞いても特に反応はなかった。
俺のことを知らないのだろうか?自惚れと言うわけではないが、正式に王太子として立ってからかなり有名になったと思ったのだが・・・今はそんなことはどうでも良い。
俺は彼女には正式な名を名乗った。
そして、彼女にはヒルトと特別な名で呼んで欲しかった。
通常、俺はルイスと言う名で呼ばれるが、ヒルトは俺が許した者だけが呼べる特別な名だ。
この名は俺が生まれた時にローシェンナの守護者と精霊から祝福と加護の証として貰った名だ。
この祝福は特に力が強く守護者と精霊に選ばれた者にその絶対的な加護と共に与えられる。
ローシェンナの長い歴史の中でも、名を与えられたのは片手で足りる程だとか。
現在、この名で俺を呼ぶことを許したのは数人。
ちなみに、この名は俺が許さない限り、口に出すことも出来ない。
だが、特別な名で呼ぶことを許された者でも、父以外は皆、なぜかヒルと呼ぶ。
理由は何となくだそうで教えて貰えない。が、こちらの名で呼ばれると、王太子の俺ではなく何も持たないありのままの俺自身の存在のことのようで俺はこの名が好きだった。もちろん、両親からも貰ったルイスと言う名も嫌いではないが・・・
それよりも、彼女にはどうしてもヒルトと呼んで欲しかったし、俺のことを少しでも知って欲しくて、彼女の興味をひきたいのもあったのかもしれない。滅多に名乗ることのない本来の名を名乗った。
興味を引くと言う点では失敗したが、ヒルトと呼んで貰うことには成功した。
それから、彼女の手料理を食べたい旨を伝え、彼女の名を聞く。
彼女はカオル・トウドウと名乗った。
変わった名だ。彼女は迷い人なのだろうか?
彼女に名を呼んでもらえること、彼女の名を教えて貰ったことが嬉しくてついつい、勢いで厚かましいお願い、ありのままで話をしたいと言うお願いをしてしまったことに気付いて、後悔した。
無表情で良かったとこの時ほど思ったことはない。
内心、焦っているとカオルから了承の返事を貰った。
少しカオルに近づけた気がして、嬉しくてしょうがない。
思わず、顔がにやけてしまう。
俺はきっと、誰も見たことがないような締まりのない表情をしてるだろうな。
そんな幸せな状態だったが、ふと自分の手が目に入った。
血と泥に塗れている。
!!!!!
俺は今までの自分の行いを思い出し、急いで自分の身形の状態を確認する。
先ほどは身体のことにしか頭がなく、自分の身形にまで気が回らなかったが・・・
なんてことだ!俺は何て酷い状態で彼女といたのか。
彼女もよくもこんな汚い男に嫌な顔ひとつせずに相手をしてくれたものだ。
さすが、おれの妖精。
彼女を驚かせないように、身形を整える為、彼女の了承を得る。
魔法と魔術、両方を扱える者は稀で両方扱えるとなるとかなりの力の持ち主であり、それなりの地位にいることを証明してしまうようなものだ。その中でも俺の場合は桁外れである。
いきなり力を使って、彼女を驚かせて警戒されようものなら、今までの俺の努力(カオルに危険人物と思われないように頑張った)が水の泡になってしまう。
予め伝えておいたおかげか彼女は驚かなかった。良かった。
彼女に嫌われなくて済んだようだ。
俺はほっと息を付いた。
そんな俺に彼女は声を掛けたくれた。笑顔で。
「綺麗になって良かったですね」
綺麗になって良かった!
彼女の顔に盛大に見惚れた。少し赤くなってるかもしれない。
心臓の音が煩いくらい存在を主張してくる。
驚いたことに、彼女は俺の容姿にあまり関心がないらしい。
綺麗になった俺の容姿を見ても特に反応はなかった。俺はこれでも力の所為もあるが、かなりの容姿であるのにだ。
力は容姿に比例する。類稀な力を持つ俺は、その力に比例して容姿も端麗であった。この容姿に男も女も惹かれるものは多い。彼女もその一人であることを期待したのだが、違ったようだ。だが、彼女の態度は容姿ではなく、俺自信を見てくれていると思えて嬉しい。だが、俺の容姿に関心がなかったと言うことが惜しいような・・・複雑な心境だ。ただ、彼女が俺の容姿に関心がないので、容姿で気を引くと言うのは難しいということだ。彼女は平凡な生活が好きらしい。王族のましてや、時期国王の俺はもしかしなくても、駄目じゃなかろうか・・・さて、どうしようか。
どうしたら、長く俺の傍にいて貰うことが出来るだろうか。
考えながらも、俺は彼女が食事の準備をすると言うので手伝うことを申し出る。
了承を得て、指示されたことや手伝えそうなことを進んでやりつつ、彼女の様子を不自然にならない程度に見つめる。やはり、かわいい。何をしていてもかわいい。その雰囲気はもちろん、表情や仕草。
そんな風に彼女を愛でつつも職業柄か、彼女をしっかりと把握しようとしてしまう。
彼女の手際は良く、治癒術以外も簡単な魔法なら使えるようだ。
治癒術の使い手自体少ないと言うのに、簡単な魔法も使えるとは驚きだ。
治癒魔法にしろ回復魔術にしろ、治癒系の術は素養はもちろんだが、回復系の属性を持つ者が大半だ。他の魔法は素養や守護を得ることで、魔術は素養と勉強で何とかなるので使えるものの数は多いが、治癒系の術を使うものは、回復系以外の術は使えないことが多い。使えることが出来ても防御系と言うことが多い為、医者か聖職者になる者が多いのが現状で、稀に他の術も使える場合はかなり稀だ。
だから、彼女が簡単なものと言えども魔法を使うのには驚いた。
だが、俺にとっては好都合だ。
もし、上手くいって彼女を俺の妻にと望んだ場合、治癒術を、恐らく魔法と魔術の両方を扱え、最高ランクの力を持つうえに初歩的と言えど他の魔法も使える彼女は、より強い力を持つ王を望む者達の歓迎はあれど、反対はないだろう。特に王家にとっては迷い人であり、貴族でもない為、婚姻により権力争いは避けられる。万々歳だ。反対勢力となりそうなのが、貴族共だが、黙らせればいい。邪魔するならば、家ごと滅ぼしてやる。相手が何であれ、俺と彼女の邪魔をする者には容赦しない。
そう、俺は彼女を知れば知るほど、離れがたくなった。
彼女は賢く、楽しい人だった。
今までの女とは、全く違い、いつまでも話していたくなる。しかも、迷い人の所為か経済や政治についても興味深い話が多数あり、政治に関わるものとしても参考になる意見が多かった。
しかも、彼女は迷い人としてこちらの世界に来てから、まだ、一ヶ月も経っていないそうだ。
通りで俺のことも知らない訳だだ。俺が立太したのは二ヶ月程前だ。その頃彼女はいないし、最近はその話題は落ち着いているから、耳に入らなかったのだろう。
こちらに来てから、たまたま親切な一家の世話になり、最低限の知識を得て一家の娘と二人で幻のきのこを求めて、また、自分の目で世界を見るのも兼ねて、世界を旅してるそうだ。
こちらには、黄金茸と笑い茸の噂を聞いて来たらしい。
もちろん、ここが危険なことも知っていたが、彼女は逃げるから大丈夫と言っていた。
心配になったが、この最深部まで到達したところを見ると、何か特別な対策でもしていて、本当に大丈夫なのだろう。
それとも、彼女の傍に感じる気配に関係があるのかもしれない。
彼女は何も言わないが、彼女の傍らにいる彼女を守護するモノの所為かもしれない。
その守護するモノが俺にも解らないとなるとかなり、力あるモノなのは間違いない。
精霊獣や守護獣と呼ばれるモノは力があればあるモノ程、その気配を隠されるとわかり辛く、特に守護獣と呼ばれるものは主以外に姿を見せることは龍を覗いて稀らしい。
危険がないにしても、彼女を危険に晒したくはない。
彼女を俺の手で護ってあげたい。こんなにも可愛らしいのだ。きっと、虫も群がってくるに決まっている。俺以外の男が彼女の傍にいると思うと腹立たしい。やはり、俺が傍にいて虫を排除しつつ、俺のものにしたいところだ。しばらく、何とか理由をつけて彼女の旅に同行させて貰おう。許可を貰ったら、しぬほど溜まっている休暇を纏めて取ってやろう。別段、必要も感じなかったので溜まった休暇を放置しておいたら半年くらいは休めるくらい溜まってしまった。父と側近たちにはさすがに理由を話しておかなければ。休暇中の業務も代行して貰うことになるしな。今まで女っ気が全くなかった仕事人間の俺が、女を追っかける為に休暇を取るなんて言ったらなんと言うんだろうな。
側近たちの反応なんぞ、想像もつかない。
彼女と話しつつ、そんなことを考えてる自分に気が付いて愕然とした。
このどうしようもない独占欲はなんだろうか。
俺は自分が知らなかっただけで、こんなに執着するタイプだったのか?
あまり、執着すると嫌われると言うが・・・嫌、そんなことよりも彼女が欲しい。
俺のものになった暁には、しぬほど大事にする。彼女よりも大事なものはないとすら思える。
何気ない話をしていた中に、俺は誰にも話したことがないようなことも話した。
気を許していたのもあるし、彼女からどんな答えが返ってくるかと言う興味もあった。
俺が最近、特に感じていたことを。退屈で空虚な毎日を過ごしていること、もちろん王族とは言っていないが職場での自分の肩書きに擦り寄りが多いこと、張り合いがないこと等。ちょっと、情けない気もするが、言ってしまった。冷酷非情と言われる俺の噂を彼女が聞いたら大笑いするかもしれない。そんなことで彼女が笑ってくれるなら、それはそれでいいのかもしれない。
そんな問いに彼女は真剣に向き合ってくれた。
彼女曰く、
「そんなのは自分の心の持ちようですよ。鬱状態ってやつですね。そんなの誰にでもありますって。気にしないで楽しいことでも見つけて、人生楽しく生きれば解決ですよ」
「鬱状態?」
「あぁ、こちらの世界には鬱なんて言葉はないんですね。え~と、簡単に言うと気分が落ち込んで、やる気が出ない状態のことですね。きっと、ヒルトは目標がないからダメなんですよ!目標があると生きるのが楽しいですよ!目標を達成する為に、自分を磨きますしね!努力もしますから、そんなこと考えてる暇ありませんよ。職場での人間関係は、隣の芝ですよ!」
また、聞き慣れない言葉だ
「隣の芝?」
「あぁ!え~と、隣の芝って、自分の家と隣の家の芝は全く同じものなのですが、自分の家の芝よりも隣の芝の方が、良く見えてしまうってことです。実際は全く同じにも関わらず。これは自分の心理が作用してて、要は自分の気の持ちようで物事が良くも悪くも見えますよってことですよ」
俺は言葉もなかった。
「どうせ、どこの職場でも仕事内容よりも人間関係で悩む人が多いんです。そして、気付いてない人が多いのですが、この人間関係を上手く構築できるかで仕事の出来る出来ないに大きく左右されます。例えば、仕事を頼んだとします。人間関係が上手くいってないと、頼んだ仕事をなかなかやって貰えません。挙句、出来上がったものが適当で使えなかったりします。が、人間関係が良好な場合は優先的かつ丁寧にやって貰えます。そうすると、自然に自分の仕事の時間短縮になるうえにいい仕事が出来ますよね。自分の立ち位置を弁えて上手くやるといいですよ。あぁ!使えるヤツと味方になるヤツと信用ならないヤツの見極めは大事ですね!」
「それに攻略するのも、知能戦も楽しいですよ。ウッフッフ。特に味方の窮地を救ったり、嫌いな相手を陥れて失脚させたり・・・気分がいいです、それに、ヒルトの味方もたくさんいるんでしょう?取りあえず、その人達のことを大事に、更に自分にベタ惚れさせることから始めたらどうですか?それこそ、命を掛けてくれるくらい!目標は大きい方が楽しいですよね。もちろん、その大きい目標を達成する為のちょっと努力すれば、すぐに叶いそうな小さな目標を立てて、大きな目標に向かって達成することも大事ですよ」
目の前が開けた感じがした。
もちろん、参考になるが、そんな考え方もあったのかと。
そうか、俺には人生の目標がなかったのか。
考えてみたら、卒なく何でも出来てしまう自分に目標を掲げて何かすると言うのはあまりなかった気がする。唯一心当たりがあるのは、昔、裏の世界で名を挙げることと人脈を作ることくらいか?
確かに、あの時は面白かったと思うし、日々の生活で退屈を感じることはまず、なかった。
そうか。目標か。
俺のこれからの目標は考えるまでもなく彼女を俺のものにすることだ。
それを実行に移してみた。
さり気なく、彼女の理想のタイプを聞いてみれば、平々凡々の空気ような存在感を持つ一般市民の代表格みたいな影の激薄男だそうだ。俺の対極にいるような存在だ。と、言うことは俺は彼女の嫌いなタイプなのだろうか?確認してみたいが、確認して肯定されてしまったら立ち直れないかもしれない。
彼女の理想のタイプになるのは難しそうだ。
これはどうにかして、どんな手段を使ってでも、俺の方を振り向かせたいが・・・
・・・色々と試してみるしかないか。
確かに人生、目標があると楽しいな。
彼女の言った通りだ。俺は彼女を手に入れる為、今後の予定を考え始めた。
もちろん、彼女の言った通り、大きな目標を達成する為の小さな目標を立てることも忘れずに。