たぶん異世界24日目 ~ヒルトの日記 2ページ目~
眼を開けると視線を彷徨わせた。
意識がはっきりしてくると傍らの気配に気付く。
そこには正座した女がいた。
確認の為、思わず眼光も鋭くなってしまう。
柔らかで大きな目に茶色の髪と眼。
どこにでもいそうなかわいい感じだが、俺にとってはまるで妖精のように見えた。
心配そうにこちらを伺っている。
彼女が俺を助けてくれたのだろうか?
「おはようございます」
その容姿にぴったりの妖精のように澄んだ綺麗な声でそう言った。
もっと、話してくれないだろうか。声が聞きたい。
なぜかそう思った。
そうして、柄にもなくそんなことを考えてる自分に驚く。そうだ、返事をしないと。
色々と考えていたら、せっかく彼女の方から話掛けてくれたのに反応が遅れてしまった。
「・・・おはよう」
なるべく、冷たく聞こえないように返す。
彼女と話がしたくて、話題を探している俺にまた、彼女の方から微笑みながら、話掛けてくれた。
「お身体の具合は如何ですか?」
彼女の笑顔に見惚れてしまい、彼女の言葉を飲み込むのに時間が掛かってしまった。
急いで自分の身体の状態を確認する。
あれだけの怪我を彼女が治してくれたと言うのか・・・?
王宮付のものでも、あれだけの怪我を治すにはかなりの時間と力が必要なはずだが、彼女は何者なのだろうか?それにしても、かわいいな。早く、返事をしないと。彼女がじっと、かわいらしく、俺の返事を待っている。
「あぁ。すっかり良くなってるようだ。あんなに酷い状態だったのに。これは貴女が手当てして下さったのか?」
間抜けな返事を返してしまった。
もっと気の利いた返事のひとつも返せない自分が腹立たしい。
今まで、女になんて気を遣ったことのない俺にとっては初めての経験だからしょうがないと言わざるを得ないが、こんなことならもっと、そっちの方・・・女性を喜ばせる方の勉強もしておけばよかったと後悔してしまう。閨での方はそれなりだと思うが・・・。
女の方から寄って来ることが当たり前だった俺へのツケが今、回って来た。
ひとり思考の海に沈んでいた俺を彼女の声が引き戻した。
「えぇ。動くには問題ないですね?」
彼女の問いにまた、答える。
「あぁ。大丈夫なようです」
今度はすぐに答えることが出来た。
「そうですか。それは良かったです。では、これで私は失礼させて頂きます」
彼女の言葉をすぐに理解することが出来なかった。
今、彼女は何て言った?
俺の前からいなくなると?
俺のことを聞くどころか、まだ、彼女のことを何も知らないのに?!
彼女とまだ、話したい。
その瞳で俺のことを見て欲しい。
声を聞きたい。
彼女の様々な表情を見たい。
俺は、一瞬で頭を切り替えて、彼女の手を掴んで言った
「待って貰えないだろうか?!」
「なんでしょう?」
彼女の可愛らしい表情と仕草に自分が言うべき言葉を忘れそうになったが、ここでの行動を間違えると彼女は行ってしまう。俺にしては必死に彼女に訴えた。
「名前を名乗らせて貰えませんか?貴女のお名前も伺いたい。そして、お礼をさせて頂きたいのだが・・・貴女の時間を少しでいいので私に頂けないだろうか?」
俺は出来るだけ、優しい表情と声音で彼女にお願いした。
人生で初めて、女性にお願いしたのかもしれない。
彼女をなぜか、特別扱い・・・女呼ばわり出来ず、女性として丁寧に扱ってしまうことに驚きつつも、現在の女性を引き止めようと必死に縋る情けない自分を自覚しながら、ここは形振り構っている場合ではない。
俺はどうしても彼女の傍にいたかった。
そんな俺に彼女は優しく笑い掛けながら、妖精のような声で悲しい言葉を紡ぐ。
「お礼などは望んでおりませんので、結構です。貴方が気になさる必要はありません。私は偶然、貴方を見つけ、怪我をしているようでしたので、私の勝手で手当てをさせて頂いたのです。それに、私はきのこ狩りに来ただけの、ただの一般市民。危険なことに巻き込まれる可能性があるものは極力回避したいのです。ですから、私とは出会わなかったと言うことでお願いします」
彼女の言葉に愕然としながらも、諦めずに、彼女を繋ぎとめる為の言葉を考える為、頭をフル回転させる。戦でも政治でも一つの事象に対し、最低でも10の策を瞬時に思い付かねば、陥とすことは出来ない。もちろん、俺は考えていた。会話をしながらも次々と彼女を陥落させる為の策を。
考えてみれば、彼女にとって、俺はかなり怪しい。
重症なうえに全身血塗れで倒れてたのだから。
どう考えてもまともじゃない。
危険人物に見えても、一般市民には見えないだろう。
普段の俺ならば、彼女の言葉の怪しいところやなぜこんな所にいるのかを厳しく詰問しているところだが、彼女しか見えなくなっている俺にはどうでも良かった。
俺は彼女を自分の傍に引き止めること以外本当に、どうでも良かった。
今の一所懸命な俺の姿を見たら、普段の俺を知っている者たちは、開いた口が塞がらないだろう。しかも先ほど出逢ったばかりのどこの誰かもわからない女性に必死だ。
自分でもどうしてこんなにこの女性に執着するのかはわからない。
だが、どうしても、離れたくなかった。
諦めたくない。諦められない。
これが、運命と言うのだろうか?
思いつかないので、素直に心の内を言葉にした。
情けないが俺ともあろう者がいい策が思いつかない。政治手腕でも戦場でも恐れられている白金の死神の二つ名が泣くな。
貴女は面白い方のようだ。そのようなことは言わずにぜひ、貴女の時間を頂けないか?ここで出会ったのも何かの縁。もしも、危険なことになったら、その時は私が護る。治して貰ったおかげで問題なく動けそうだ。こう見えても、私は結構強い。だから、少しでいいから、私と話して貰えないだろうか?」
彼女の表情からは、何を考えているのかわからない。
俺は知らずに手を握り締め、自然に身体に力が入った。
彼女の言葉を待った。
「わかりました。暗くなって参りましたし、お腹も空いて来たと思います。お食事をご用意させて頂こうと思いますが如何でしょう?出来れば、お食事しながらお話したいと思いますが。貴方もお腹が空いたのではありませんか?」
俺は破顔した。
この時ほど、嬉しく思ったことはない。
俺は彼女をしばらくの間、引き止めることに成功したようだ。
しかも、食事。彼女の手料理が味わえると言うのだろうか?
見ず知らずの俺に食事を分け与えてくれると言う彼女は、やはり御伽噺に出てくる天使か妖精のようだ。
俺ははっとした。幸せを噛み締めている場合ではない。
彼女の名前を聞かなければ。急いで彼女に声を掛ける。
「ありがとう。私の名はルイス・ヒルト・アデレイド・ヘルガ・ロクサーナ・グラディウス・ローシェンナ。ヒルトと呼んで欲しい。是非、ご好意に甘えさせて頂きたい。貴女の名は?」
俺は名を名乗った。