第八十話 振り出しと焼きもちと尾行と ①
あのお騒がせから二日後の今日。全快した冬音は夏騎に迫っていた。その様子をあたしは冠凪さんと一緒に廊下から教室を覗いて見る。
「元カノさんとは、どう?上手くいってる?」
このように。先日までと態度が一変、今では完全に協力者モードになっていた。
「すごいですね、冬音さん」
あたしの隣で冠凪さんが言った。あたしは相槌をうつ。
「ホントにね、心境の変化が目まぐるしいよ」
「…開き直ってるんですかね?」
「どういう事?」
「もう自分に気持ちが向かないなら、未練のある元カノさんと、より戻させようと…まあ、諦めたいと思っての行動かと」
「確かに別の人と付き合ってくれれば一先ず踏ん切りは、つくよね」
笑いながら、そう言ってあたしはまた冬音と夏騎の方を見た。
「今日は絶対、元カノさんの所に謝りに行くんだよ?」
「けど、松永さんにケーキ作らないと」
「その私が行ってって言うんだから、ケーキは今度でいいよ」
「今度があるんだ?」
「……元カノさんと、より戻したら忘れていいよ」
冬音が夏騎から離れて、あたし達のいるドア付近へやって来る。と、何か言い忘れた事があったのか夏騎の方を振り返った。
「何なら、冠凪さんと親密になるのもいいよ」
「ええっ!?」
顔を真っ赤にさせて冠凪さんが、またこちらに歩き出した冬音をマジマジと見つめる。冬音が冠凪さんとあたしに気づいて首を傾げた。
「どうかした?冠凪さん」
「え…あの…いいんですか?」
「なにが?冠凪さん、まだ好きなんでしょ?私、別れたから後は干渉しないよ」
「でも…」
「いいから、いいから」
戸惑っている冠凪さんの肩を叩きながら冬音は更に廊下を歩いて行った。あたしは冠凪さんと顔を見合わせる。
「本当にいいんですかね?」
「さあ…分からないけど、振り出しに戻ったんだよ。きっと」
「…私もアタックに専念…ですかね」
あたしと冠凪さんは冬音の後ろ姿を見つめながら、各々呟いた。
その通り、冠凪さんは放課後から夏騎に猛アタックしていた。冬音はただ、それを眺めているだけ。
「どうすればいいの?」
結局、この状況であたしが頼れるのは秋と桜だけだった。二人は腕を組んで顔を見合わせる。
「どうすればって言われてもね…」
「夏騎がハッキリしない限り、どうにもならないだろ」
「んー…でも、見てるだけなんて」
「じゃあ、こんなのどうよ」
ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた桜に手招きされて、あたしと秋は桜に顔を近づけた。そして桜が小声で言う。
「冬音ちゃんに誰か男子を近づけるの、夏騎君が焼きもちを妬いてくれれば成功よ」
「妬かなかったら?」
「また別の策を考えるしかないだろうな」
「二人共、もうちょっとポジティブにいきましょうよ」
呆れながら桜は言った。一つ、疑問に思った事を質問する。
「その近づけさせる男子って誰?」
「砂原 晴って二組の男子なんだけど、押しが強そうだから彼にしようと思うの。話もつけたわ」
「早っ!」
「早速、実行よ!」
桜が小声ながらもテンション高めに言い放った。砂原君と軽い自己紹介をして教室内に入ってもらう。
「松永…冬音って君?」
「そうだけど…誰?」
不審そうに砂原君を見ながら冬音が聞く。あたし達の時と同様に冬音にも自己紹介をした砂原君。
「はあ…で?」
「実は冬音ちゃんの事、前から気になってたんだよな」
「…で?」
氷のような冷たい態度の冬音にめげず、自分の役目を果たしている砂原君を見ていると、なんだか申し訳なくなってくる。
「私、しばらく誰とも付き合う気ないから」
「そこをなんとか!ね?」
さりげなく肩に触れた砂原君に盛大に舌打ちをした冬音。ああ…嫌われてるな、って一目で分かった。ふと、夏騎を見てみれば。
「うおっ…!」
冠凪さんが前にいるにも関わらず、冬音達をガン見していた夏騎を見て、思わず声が出てしまった。口を塞いで中を見ると、良かった気づかれてない。
「初対面の人に急にそんな事言われても困る」
「これから徐々に知っていけば、お互い知り合っていけるって」
「でも今は初対面でお互い何も知らないでしょ」
「じゃあ、ある程度知り合ったら付き合ってもらえる?」
「だから予定ないっての、後にも先にも」
イライラしながら応える冬音を見て、上手くいっているのか心配になる。これ、夏騎が出るまでもなく砂原君が撃沈されそうなんだけど。
「そうだ、これから予定ある?知り合うためにも交遊を深め「たくないですね、全く」
「いやいや、だけ「私も忙しいから、どいて」
ついに砂原君を押し退け帰ろうとし出した冬音の腕を砂原君が掴む。鬱陶しそうにしながら冬音が振り返った。
「離してもらえる?」
「遊ぶ約束してもらうまで離さない」
「子供か」
「一度でいいからさ!」
「……はいはい、じゃあ今日済ませていい?面倒だから」
「よっしゃっ!」
ミッション達成できたのが嬉しかったのか砂原君がガッツポーズをした。まあ、冬音からしたら別の意味で嬉しそうだと思うだろうけど。
あたしは、とっさに隠れて並んで歩いていく二人を見送る。それから教室の中へと、素知らぬ顔で入ってみた。
「あ、春香さん」
ちなみに冠凪さんには簡単に事情を説明してある。あたしは頷いて一先ず成功した事を心の中で喜んだ。
「春香…」
「え?」
真剣な眼差しで見つめられ、秋と一瞬カブりドキッとした。動悸を抑えながらあたしは言葉を待つ。
「松永さんを尾行しない?」
「……する」
「行こう」
あたしの手を引いて足を速めて教室を出た夏騎を見て、戸惑わずにはいられなかった。そして、あたしは反射的に掴んだ冠凪さんの手も離さなかったのだった。