第七十三話 勘違いと恋敵と伝わるオモイと
冬音さんを呼び出した私は部室で来るのを待っていた。本当は前から少し気づいていた、冬音さんはあまり嘘が得意な人ではなかったようだから。
それでも気づいていると言わなかったのは、自分の中で確信もなかったし、甘えていたから。好きな人が夏騎君だと言わない冬音さんの優しさに。
けれど、それじゃあダメだと思った。不戦勝なんて…勝つなら堂々と戦って勝ちたい。負けたとしても正々堂々と戦ったなら悔いなんて残らないはず。
「冠凪さん?」
部室のドアを開けて冬音さんが入って来た。私は自分の前にある椅子に座るよう促す。何を言われるのか大体の見当は付いてるのか気まずそうだった。
「それで、話って?」
「夏騎君の事です」
「うん…」
「私、冬音さんと堂々と戦いたいんです」
「冠凪さん…」
「恋に遠慮は無用です」
私は笑って、そう言った。冬音さんは戸惑いながらも笑顔を浮かべた。
「負けませんから」
「うん、頑張れ」
「冬音さんも頑張るんですよ?」
「そっか、ごめん」
「ふふっ」
自然と笑みが溢れた、ライバルである前に友達だから…。それから他愛もない話をして冬音さんは部室を出て行った。
一人残った私は溜め息を吐く。予想だと夏騎君の心はもう…けど…。私はドアの方を見て微笑んだ。
(冬音さんならに…負けてもいいですよ)
先程の楽しそうな冬音さんの姿を思い浮かべながら、私はついそんな事を思ってしまった。
********冬音side*************
冠凪さんと別れた私は鞄を取りに教室へと向かって、廊下を歩いていた。
(ん?)
ふと人影を見かけて小走りになる。近づいてみれば立ち往生している夏騎君。
「夏騎君?」
「!!…ああ、松永さん」
相手が私だと分かると強張らせた顔を緩ませ、微笑んだ。
「こんな所で…誰か待ってるの?」
「ちょっと春香にね」
「ふーん…。まだ未練あるの?」
聞けるチャンスだと思い、さりげなく質問してみた。しかし、夏騎君は困ったように笑った。
「全く無いって言ったら嘘になるけど…今はそんなに」
「…へえ…」
てっきり未練たらたらかと思えば、そうでもないのか。聞けた事により私は油断していた、そこへ夏騎君が質問を返してきた。
「松永さんは、好きな人とはどう?」
「え?うん…」
「上手くいってない?」
今更になって好きな人がいるなんて言わなきゃ良かったと後悔する。目の前の人物は好きな人が自分だとは思ってないだろう。
「うん…まあ…」
「好きな人にも好きな人がいるんだっけ?」
「そう、だから諦めようかと思ってたんだけどさ…」
どうやら未練は、さほどないらしいので少しだけ期待してる。冠凪さんにも私の思いを伝えられた。
「そっか残念」
「………っ!」
「諦めたままなら新しい恋への後押し、しようと思ってたのに」
ああ、なるほど。そういう意味か…。ただでさえ掴み所がなく、意味深な事を言うから期待してしまう。
「諦めてないけど恋の後押し、してくれない?」
「それは無理…僕が嫌だから」
「あ…そう」
ほらまたそうやって、思わず期待してしまうような事を言う。勘違いしてしまうよ、勘違いさせないでよ。
「ごめんね」
「ううん、平気」
「またそれ、後押ししないのは僕自身の問題だから」
「…うん」
「……松永さんの好きな人、僕だったら良かったのに」
「…うん……うん?」
伏せそうになった顔を上げて夏騎君を見る。何気ない一言に一喜一憂して、疲れる。
「強がりだけど友達思いで、笑った顔が素敵で透明感のある声も嘘があまり得意じゃないところも」
けど、どんなに落ち込んだとしても、その人の一言でたちまち元気になってしまう。
「全部、好きだ」
「好き…?好きって…」
「実は春香にまだ気がありながら、松永さんにお菓子を渡してた事があったけど、あれはフリだったんだ」
「なんでそんな事…」
「先日まで春香が好きだったのに松永さんに心変わりしたって気づかれたら…軽い男だとは思われたくなかった」
軽く笑いながら淡々と話す夏騎君は私の心中の混乱なんてお構い無しだった。
「ただ松永さんと少しでも話したい一心だった」
「けど、気になる人って」
「ずっと春香だと勘違いしてたよね」
肩を震わせ笑いを堪えようとする姿を見ながら、私は呆気に取られる。夏騎君が私を好き?夢なんじゃないかと一瞬怖くなった。
「好きな人がいるみたいだったから言うの止めようと思ってたんだけど…」
私の顔を見て切ない表情をした夏騎君につい、ときめく。伸びてきた手が私の頬に触れて、意外な冷たさに体がビクッと反応した。
「後押ししないって言ったら、拗ねた顔が可愛くて」
「可愛くない…し…」
改めて顔が熱くなる、手の冷たさが現実を物語り熱くなる頬も現実を物語っていた。
「ごめん、好きな人いるのに困らせて」
スッと私の頬から冷たい感触が無くなった。言わなくちゃ、焦る思いと裏腹に動かない口。
「じゃあ」
言ってしまう、否定しなきゃ本当の事を言わなければ…。私の腕は夏騎君の腕を掴み、彼が振り返る。
「何?」
「好きな人……」
空いてる方の腕を上げ、夏騎君を指差す。呆気に取られた様子の夏騎君が柄にもなく頬を赤くした。普段、ポーカーフェイスなのに。
「え…じゃあ…?僕、自分自身に焼きもち妬いてたって事?」
「焼きもち?」
「あ、いや…」
一度ポーカーフェイスが崩れると他の場所でもボロが出るらしい。まあ、嬉しいボロだけど。
「嬉しいよ、私」
「素直だ」
「うるさいなー」
「そんな松永さんも好きだよ」
「私も夏騎君、好きだよ」
そのあとは、いたたまれず逃げるように教室に入ったけれど、またすぐに廊下に出なければならない。
「あ、そういえば」
私は廊下に出てまだ居る夏騎君のところへと小走りに行った。
「夏騎君、春香になんか聞こうとしてた?」
「ああ、うん。けどいいよ、今聞く」
「って事は私にも答えられることか…何?」
「嫌いなものってある?マフィン、また作ろうと思って」
先日、私がまた作ってと言ったからだろうか。けど、あれは確かに美味しかった。
「嫌いなものは特にないよ」
「分かった」
それからただ、なんとなく、その日は並んで帰ったのだった。