第七十二話 抱きつきとマフィンと積極性と 冬音side
次の日。学校に着いた私は早速夏騎君を探した。昨日、一つ言い忘れた事があった。それは好きだった人…彼の名前だった。今はもう割り切っているけれど…。
彼の名前は「修」といった。そう秋と読み方一緒。昔好きだった相手の名前だけに修と同じとかムカつくよね…と会った途端に夏騎君に話した。
「ああ、元好きな人と秋が同じ名前だった事が嫌だったんだ」
「気弱なお人好しでも性格は悪くなかった」
「あのなー俺も松永が言うほど性格悪くないぞ」
「自分で言うとか…あー誰も言ってくれないからかー?」
「お前、一回黙れ。んで一生喋んな」
「お前もな」
「朝からやめてよー…」
秋と恋人らしく(恋人だけどさ)登校してきた春香は泣きそうになりながら言った。春香を悲しませるのは本望じゃないので仕方なく、仕方なく!止める事にした。
「春香、おはよ」
「おはよー」
「……俺は!?」
「あー、はいはい。夏騎君おはよ。ついでに秋もね」
「俺はついでなのか…」
軽くショックを受けてる様子の秋を放っておき、桜と冠凪さんにも挨拶をする。
「おはよ、二人とも」
「おはよ、清々しい顔してるじゃない」
「うん、ありがと」
「何の事かしら?」
とぼけたフリをしながら桜は言った。けれど私は忘れない、桜が珍しく本当にもう二度と聞けないくらい優しい声色で私を救ってくれた事を。
「ねえ、なんか失礼な事、考えてない?」
「全然」
「…目、逸らしてるわよ」
にっこりと笑い優しい声色で言った桜さんは…私にスパルタ運動の予告をして去って行かれた。下手な事、考えるもんじゃないな。
「おはようございます」
少し遅れて冠凪さんが挨拶をしてくれた。ご丁寧にお辞儀までしてくれる。私が桜と話していた時は大方、夏騎君と話してたのだろう。
「今日も私、頑張りますね」
「あ…その事なんだけどさ…」
胸の痛みを感じながらも私は言わなければならない。昨日、再び自覚してしまった恋心を。もう私は自分で抑えることが出来ないかもしれない。溢れ出る想いを。
「ふふっ私、負けませんからね」
「え…」
「では、また」
また軽く会釈をして冠凪さんは教室へと向かって行った。まさか…冠凪さんに見破られていたとは。見かけによらず鋭い人だ。
「冬音、実はあたし昨日聞いてたんだよね」
「え?」
春香が私の肩に手を置いて、気まずそうに目を逸らしながら言った。春香が言うには私が夏騎君に頭を撫でられて目が覚めた辺りからいたという。大体の会話を聞かれてたって事…。
「あたし、冬音の味方だからね!!」
「あ…うん」
手を取られ、しかも目を輝かせながら、そんな事を言われて…相槌打つ以外にどうしろと…。ちなみに春香は放課後までずっと目を輝かせていた。
一度帰って、近くをブラブラしていると春香に見つかった。そしてまた目を輝かせて…そんな春香に多少うんざりとしていると、秋が何やらお菓子を持ってこちらにやって来た。
「なーに?それ」
春香も気づいたようで興味津々で指を差して聞いた。秋は手に持っていた袋を春香に渡す。……春香だけに渡すの間違いか。
「私のは?」
「夏騎が持って来るんじゃないか?」
「チッどうせなら、私の分も持って来てくれればいいのに」
「俺が持って来ると思うか?」
「まあ…期待はしてなかった」
少し口論めいた会話をしていると、冠凪さんが夏騎君と話ながらやって来た。朝の会話から言って冠凪さんは私の好きな人について気づいているようだ…。
「あ、冬音さん!すごいですよ!」
何がすごいのか興奮気味の冠凪さんを一旦落ち着かせて、改めて話を聞いた。夏騎君からもらったらしい袋を掲げながら、冠凪さんは言った。
「美味しすぎますよ!冬音さんも食べてみてください!」
いつもより押しの強い冠凪さんに負け、私は夏騎君から袋を受け取って中からマフィンを取り出した。ああ、マフィンだったんだ。
「なにこれ…うまっ」
隣で春香が感動している。そんなにか…。私もマフィンを口に運び一口食べた。
「………」
「松永さん、どうかな?」
「……冬音?」
「え、どうかした?美味しくなかった?」
黙り込む私を見て、夏騎君が焦ってるのが見えた。春香も私の顔の前で手を振り、声をかけてくる。
「夏騎君…」
「あ、戻ってきた」
「松永さん、味どう?」
「夏騎君…私もうプライド、ズタズタだよ」
「こんなに美味しいの作られたらね…しかも冬音は料理の腕がアレなだけに」
「プライド、ズタズタだけど美味しいんだよね」
私はまたマフィンを食べ始めた。あたしもあたしもと春香もマフィンを食べる。
「また作ってよ、プライドズタズタだけど」
「分かった作るよ………なんかごめん」
「なんで謝るの?平気だって…プライド以外」
「冬音、気にしてるんだね…」
「あ、そうだ」
忘れるところだった…。私はポケットからハンカチを取り出して夏騎君に渡す。
「本当に洗ったんだ、ありがとう」
「こちらこそ貸してくれて、どうも」
「なんだ?ハンカチ?」
「また涙出てきた、冬音ー!!」
昨日の話を思い出したのか何なのか春香がべったりとくっついてきた。ああ可愛い、こんなに可愛くちゃ夏騎君が未練あるの分かる。
「フッ秋、羨ましいか羨ましいでしょ」
「……まあな」
「だよねー秋には無理だもんねー」
「一々お前は……」
私は見せつけるように春香をギューッと抱きしめながら、秋の方に顔を向けてニヤリと笑った。
「僕も羨ましいな」
「え?夏騎君も?」
まあ、そうか…けど夏騎君は思っててもあまり口に出さない人なのに。春香を抱きしめさせてあげましょうかね、秋はいつでもベタベタ出来るだろうし。
「んじゃあ夏騎君だけギューッてしていいよ」
「俺は!?」
「いいじゃん、後でベタベタ出来るん……」
「……おい、夏騎?」
あれ、なんだろう…なんで夏騎君、私を抱きしめてるんだろう。冠凪さんも見てるし、春香はなんか感動してるし。
「えっと夏騎君?私が言ったのは春香の事で…」
「僕が羨ましいって言ったのは松永さんに抱きついてる春香の事だよ」
「ん?うん……ん?」
分かったけど分からないような…夏騎君、私に抱きつきたかったのか。春香にじゃなく…じゃあさっきの私のギューッてしていいよは…とんだ大胆発言になってしまうな。
「私も抱きつきたいです、夏騎君に」
おおおっ!冠凪さんが何かおかしい。積極的すぎる!どうした、なんかあった!?
「いいよ、はいギューッ」
「あ、いいんだ。夏騎君、軽いね」
「はぁぁぁ…」
うん、まあいいか。抱きしめられた冠凪さんが幸せそうな顔をしているから。これに乗じて何気に春香と秋も抱きしめ合ってるし…よし。
マフィンを食べよう。プライドズタズタだけど。