第七十一話 入れ代わりと好意と近づく心と ③ 冬音side
昔話を少ししようと思う。中学生の頃なので、そう昔でもないのだけれど…。私には好きな人がいた。親友と同じ人が好きだった。
私は自分の想いをひた隠しにして毎日を過ごしていた。けれど…隠し事というのはそう長くは隠しきれないものだった。ある日、バレたのだ。
「冬音、彼の事が好きなんでしよ?」
どうしてバレたのか、なんて分からなかった。私はそう嘘が得意な方ではなかったから、どこかでボロが出たんだろうと。
しかし違った。親友は私に鎌をかけたのだ。だからこそ名前を明確には出さなかった。好きな人がいる事がバレた瞬間だった。
そして相手がバレるのも、それから遅くなかった。どこから聞いてきたのか私が好きな人を見つめてたらしい、など誰かが目撃した状況を私に話してきた。
好きな人を特定する為に様々な男子生徒の名前を言って、反応を見たりもしていた。なにが親友をそうさせたのだろうか。今、思えば好きな人が自分と同じだと感づいた。
そして確信がほしくて、そんな事をしたのだろう。真意は親友しか分からない。いつしか、親友と好きな人は付き合うようになっていた。私も心から祝福した。
始めは普通に良いカップルという印象だった。しかし、日に日に親友が私に見せつけるようにイチャイチャとし始めた。私の前でだけ、そんな態度だと知ったのは友人との会話での事だった。
「あの二人、よくイチャイチャしてるよね。私、どうしたらいいか困るよ」
「え?そんなに?私の前じゃ、そんなイチャイチャしてないよ?ねえ」
「うんうん、イチャイチャって言っても時々キスしてるくらい」
「え…?」
一体、何が気にさわったのだろうか。私が親友と同じ人が好きだったからだろうか。相変わらず、親友は私の前でだけイチャついた。
「ごめん」
ある日、好きな人が私に謝ってきた。それは私の前でだけイチャイチャしていた事についてだった。
「なんで謝んの?」
「さすがにやりすぎだと思うんだ。君の前で四六時中…失礼だと思って」
「大丈夫だよ、別に」
私がそう言えば、彼は苦笑いを浮かべた。それからずっと私は彼の苦笑いしている顔しか見ていなかった。彼はいい人だ。
「ごめん、もう君と喋るなって…」
「…そう…」
大した話もしていなかったし、謝られても困ったが親友に言われたのだろう。私はただ、それから黙って頷いた。彼はいい人だ、親友の言ったことを断れない、お人好しで気弱な人だ。
「本当、ごめん」
「平気平気、それより親友の事、頼んだからね」
「…ああ」
苦笑いを浮かべた彼は走り去って行った。最後まで苦笑い…。親友と好きな人とは、それっきり。今どこで何をしているのかもわからない。ただ…。
そこで話を切り、私は目を伏せた。唾を飲み込んで息をつく。口を再び開いた。
「ただ…夏騎君の苦笑いを見るとさ…彼と重なって…というか…もう夏騎君自体が彼と重なって…」
彼と夏騎君が別の人間だって事は分かり切っていた。理解していた。それでも苦笑いした顔が彼と重なった。雰囲気が彼に似ていた。
「ごめん。だから私は譲り続けてたって話。そしたら誰も傷つかないから…」
「いるよ、傷つく人」
今まで黙って聞いていた夏騎君が言った。伸びてきた手が私の頭を撫でる。やけに優しいその手は桜の優しい声色と似ていた。どっちも優しさだ。
「結局、悲しい思いを松永さんがしてる」
「…私は平気だから」
「強がりだよ、それは。昔にそう言って今も引きずってる」
「…だけど、私が傷つけば…」
「いい訳ないだろ!!」
「……っ」
それは優しかった今までの夏騎君の声と違った。目をまだ伏せているので表情は見えなかったけれど、確実に怒っている。私の髪を撫でていた手は背に回り、暖かいものが私を包み込んだ。
「松永さんの事を大切に思ってる人達は、どうするんだよ。その人達も幸せを願ってるのに…」
「夏騎く…」
どんなに悲しくても泣けなかったのに、今は簡単に涙があふれでてきた。桜の時と同じだ。やっぱり優しさか…抱きしめられて、人の温もりに触れて安心したか。
こんな時まで冷静に分析してる私は、やっぱり可愛げがない。抱きしめられてる間に涙を拭う。
「大丈夫?」
「平気」
鼻をすすりながら答える。夏騎君が離れてから私の顔を見て笑った。ポケットからハンカチを取り出して差し出す。
「すごいよ、顔」
「いいよ、ハンカチいらない」
「いい訳ないだろ」
さっきと同じ言葉を今度は優しいトーンで言って、私の涙やらを拭き出す。さすがに途中でハンカチを受け取って自分で拭いた。
「明日、洗って返すから」
「いいよ、わざわざ」
「わざわざハンカチ貸してくれた人に言われたくない」
「分かった、分かった」
やれやれと苦笑して夏騎君は言った。結局、話したら楽になって…夏騎君に助けられた…んだろうか。
「松永さんがどうかは知らないけどさ、その彼と僕。全然似てないよ」
「そんな事ないよ、似てる…雰囲気が」
「なんだそれ」
夏騎君が吹き出した。うん、やっぱり助けられたのかもしれない。すると、また頭を撫でられた。そういえば私が寝てる時にも撫でてたな。
「私が寝てた時も…撫でてたよね?」
「ごめん、嫌だった?」
「嫌っていうか…なんで撫でるのかと」
「え?猫っぽくてさわり心地いいから」
「ね…猫…そう…」
もう、そう…としか言いようが…。猫好きなの?よく分からないな…夏騎君。彼は、こんなに掴み所なくなかった…ってまた比べてる…ダメだな。直さないと…。
「猫、好きなの?」
「どちらかといえば、けどこの毛並みは好きだなー」
「毛並みって…」
さりげない好きだの一言に一瞬ときめいてしまった私は末期なのだろう。毛並み発言に思わず吹き出しそうになった…。
「あ、ちょっと笑った。毛並み好きって褒めたから?」
「褒めてたんだ…毛並みって…」
「おおっ笑った笑った」
そう言ってる夏騎君も笑ってるわけで。どうして、ここまで人が笑った事を喜べるのか。あー…やっぱ好きだ。
「松永さん、もっと笑えばいいのに。その方が可愛いよ」
「可愛くないよ、可愛げないから」
「そうかな?」
「そうですー大体、何気に口説いてるよね。口説くなら気になる人を口説きなよ」
「そうだね。じゃあ、その透明感のある声が僕は好きだよ」
「え?人の話聞いてた?」
私は今、たしかに気になる人を口説くよう言った。うん、言った言った間違いなく言った。なのに何で夏騎君、私を口説こうとしてんの!?
「ああ…授業をノートに取らないアホだもんな」
「急になんで、けなされたの?」
「いや、口説くなら気になる人、口説きなよって言ったのに私に言ってくるから」
「あー、そうか…うん」
苦笑いを浮かべた夏騎君が少し私から後ずさった。それから鞄を持って、帰りの挨拶をして行ってしまった。
「え…何?」
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その頃、実は廊下で聞いてたりした春香は…。
「ううー冬音ーあたしは味方の親友の…えーと何?味方の親友って。あと意外と鈍いよー」
自分で何を言ってるのか分からなくなりながら号泣していた。