第七十話 入れ代わりと好意と近づく心と ② 冬音side
春香が朝から挙動不審。そんな事はさすがに私は分かり切っていた。しかし、その原因が何なのか、それは昼休みになっても未だ分からなかった。
「春香」
「ひゃい!?」
名前を呼んだだけで、この反応…益々怪しい。目を泳がせ終始、自分の手を握ったり離したりしながらも私の方に体を向けた。
「なっ何?どした?」
「そっちこそ、どうした。何か私に隠し事あるでしょ」
「ないよ!」
顔を思いっきり背けながら否定された。……あんまり説得力がない、というか皆無だ。更に鎌をかければ言うんじゃないかと思い、口を開きかけると。
「何してんだ」
「あ、秋」
いつもの仏頂面が教室に入ってきた。春香がホッとしたのがあからさまに分かった。
「また松永……か」
「またって何?」
名字の後の変な間が気になりつつも返した。春香が隣でハラハラしている。教室のドアの方を見ると夏騎君も何やらハラハラしていた。
「け、喧嘩は止めよ?ねっ?」
「春香は黙ってて」
「ああ、黙っててくれ松永がな」
「なんで私な訳?黙るのはそっちでしょーが」
「だからー!もー!!」
昼休みは、この口論によって潰れた。春香は結局ずっとハラハラしていて、授業中も挙動不審で、そうして放課後になった。
春香と桜が何やら話をしていたが、やがて済んだのか桜は教室を出ていった。今日も部室に顔を出しに行くんだろう。
「冠凪さんは?」
「家の手伝いとかで先に行っちゃった」
「そう…」
私は顔を伏せて目を瞑った。寝てしまっても春香が起こしてくれるだろう。
「冬音、あたしちょっと出てくるね。すぐ戻るから」
「んー」
手を軽くあげるとパタパタと足音が遠ざかって行った。少しだけ…そう自分に言い聞かせて私は目を瞑り眠りについた。
起きるキッカケとなったのは春香に起こされたからではなかった。何やら髪を撫でられている感覚があって自然と目が覚めた。
「あれ、起きた?」
「……っ!」
撫でている人物の方に顔を逸らしてみれば、そこには夏騎君みたいな秋が…。秋が笑ってる!?何これ、夢?そもそも、あいつが頭なんか撫でてくるわけ…。
「あー、そうか。春香、松永さんには言ってなかったのか」
一人で納得してる秋。けど松永「さん」って…全てが夏騎君とダブる。これは春香の隠し事と何か関係がありそうだ。
「何?これ…あれ?秋…じゃないよね」
「うん、秋じゃないよ」
「夏騎君か…けどなんで、そんな秋みたいな…」
「実は…」
夏騎君が言うには秋と一日入れ代わる事になったらしい。春香が昨日、提案したお陰で。しかし、それを春香は私に言わなかったと。
「昨日ならともかく何で今日も言わないのさ」
「面白そうだったからとか」
「夏騎君じゃあるまいし…。はぁ…ごめん」
「何が?」
目を丸くして不思議そうに私を見る夏騎君。まあ、急に理由も分からず謝られたら当然と言えば当然の反応だ。
「いや、相手が秋だと思って遠慮なしに」
「松永さん、僕に遠慮してるんだ」
「え…」
思わぬ言葉に戸惑った。それはどういう意味で発せられたものなんだろうか。あと秋の姿で僕とか違和感ありすぎだ。
夏騎君が秋をしている時点で、そもそも違和感があるんだけれど…。
「秋は呼び捨てなのに僕は君付けだし」
「え…えっ…」
「なんだかんだで秋との方が息合ってるし」
「えっとー…」
なんだろう、これは。つまり、なんだかんだで秋との方が仲良いよねって言いたいのか。それとも…。
「もしかして、松永さん。僕の事、苦手?」
これか…。苦手っていうか…むしろ貴方、私の好きな人ですよ。だからこそ、距離を置こうとしているのになんで…。
しかも今日、冠凪さんすでに帰っちゃってるし。諦めようとしてるのに何で来るのか、この人は。いいじゃない、可愛げかあるよ冠凪さんの方がさ。
「苦手じゃないよ。それより冠凪さんさ、どう?」
「どうって?」
「いや、話盛り上がってたみたいだから。昨日」
「ああ、いい子だよね」
ほらみろ、冠凪さんの好感度上がってるじゃないか。やっぱり、いい子なんじゃないか。自分の気持ちは言わない方がいいじゃないか。
「けど僕の気になる子は別にいるんだ…」
「そう…」
まだ春香に未練があるんだろうか。好きだったもんな、ショックだろう。けど、なら尚更、冠凪さんと一緒に新たな一歩を踏み出せばいい。
「でも、その子には別に好きな人がいるんだ」
「じゃあ、諦めた方がいいよ」
「……どうして?」
「いや、相手の幸せ優先かなって」
「今までそうやって来たんだ?」
いつの間にか、質問の主導権を奪われた。聞かれたからって答える私はどうなんだろうか。
「そう、ずっと譲り続けてた」
「なんで?」
「…………」
「言いにくいなら無理には…」
「聞いて…ほしい。夏騎君には」
「……うん」
重い口を開く。今でも泣きたい事を思い出す。それでも聞いてほしいと思ったのは私の最後の【我が儘】のつもりだった。