第六十九話 入れ代わりと好意と近づく心と ①
読書に熱中している冬音を横目に見ながら、あたしは冠凪さんを見つめていた…かれこれ二十分程。現在、放課後。
桜は兄のところへ行っているようで不在。あの二人が付き合い出すのも時間の問題だろうかと予想してみる。
そして、普段あたし達がいる時に本だけに熱中する事なんてなかった冬音が熱中している理由。それは目の前で夏騎に頑張って話しかけてる冠凪さん。
たまに笑い声が聞こえてくると思えば、話題が秋だったりする。本人も隣にいるのに、よく気まずくもならず盛り上がれるものだと思う。
「逆に秋が気まずそうだなー」
「そのまま気まずさを感じてればいい」
「本読んでても、そこは反応するんだ」
苦笑いを浮かべてあたしは冬音に顔を向けた。相変わらず本を手放す気はないようで、難しい顔をしながら読んでいる。ミステリー小説のようだった。
「なんで今日、本読んでんの?」
「気分」
「なんでちょっと不機嫌なの?」
「気分」
これはもう、何を聞いても気分としか言わないっぽい。あたしも暇は暇なので冬音への質問を続けてみる事にした。
「秋が嫌いなのは?」
「ムカつくから」
「夏騎が嫌いじゃないのは?」
「害がないから」
おおっ普通の返事が来た。うーん、けどな…秋と夏騎か…今更ながら二人は双子なんだよね。しかも見た目そっくりの一卵性。
「……ねえ、秋と夏騎」
「ん?」
「なんだ?」
夏騎は冠凪さんとの会話を中断して、秋は気まずさから解放されたようにホッとしてこちらを向いた。隣で冬音の舌打ちが聞こえたのは秋の気まずさについてだろう。
「あのさ…今更なんだけど…ちょっと」
あたしは本に没頭している冬音以外に耳うちをした。もちろん冠凪さんにもしたけれど、一番驚いていたのは秋だった。
「正気か?」
「いいんじゃない?面白そうで」
「正気か、お前も」
結局、秋はノリ気じゃなく夏騎はノリ気と別れてしまった。あたしは小声で冬音は仕方がないので、他三人に言う。
「だってせっかく双子なんだから一度はしておかないと、というか面白そうだからやって」
「僕も賛成」
「あのな…」
「私も見てみたいです」
「冠凪まで…」
「どうせなら朝からずっと、とか」
その言葉に秋以外が頷いた。あたしは秋に視線を向けた。それから両手を顔の前で合わせる。
「お願いだからやってよ、入れ代わり」
そう、あたしが二人に頼んだのは入れ代わり。1日、秋が夏騎になり夏騎が秋になる。見た目の判断が難しい二人ならではだと思う。
逆に何故、今まで思いつかなかったのかと不思議でならなかった。秋は唸りながら、あたし達を見回した。
「……一回だけだからな」
「よっしゃっ!じゃあ明日、よろしくね」
「ああ…」
「冬音ー、帰るよ」
本に食い入る冬音の腕を掴み、あたし達は早々に教室を後にしたのだった。
翌日。やけに早く起きてしまったあたしは仕度も済んだので冬音に電話してみる事にした。2・3コールで冬音が出る。
「あ、冬音?起きた?」
『うん…あれ、早いね。嵐でも来るのかな』
「さらっと酷い事を…。それよりさ、昨日の…」
秋達の入れ代わりについて言おうとして、あたしは言葉を飲み込んだ。たしか、昨日冬音にだけは話してなかったはず…。
それに何より、前に冬音が秋と夏騎が入れ代わってても見分けがつくと言ってた気がする。本当かどうか確かめるついでに言わないでおこうか。
『昨日の…何?』
「う、あ…昨日の…桜!朝からソワソワしてたよねーって…」
『ああ、放課後に雪さんと会うからでしょ。たぶん今日もソワソワしてると思うよ』
「だよねー」
『…それだけ?じゃあ私、そろそろ仕度するから』
「うん!またね」
『またね』
こうして電話が切れ、あたしは溜め息を一つ吐いたのだった。やっぱり…言えばよかった…。
朝の通学路、それはいつもと同じで所々で朝の挨拶が交わされていた。それも同じ。ただ一つ…いや二つ…違うのは…。
ちらりと隣にいる夏騎を見る。秋は後ろで本を片手に歩いて…大丈夫!?ぶつからない!?そんな秋の隣に冠凪さんがいた。
「どうしたの夏騎君。今日はいやに積極的だね」
「そうか…な?」
「どうする?秋、夏騎君に取られるんじゃない?」
「大丈夫じゃないかな?」
「…かな?」
いきなり何、ミスしてんの!?秋はギリギリなんとか持ちこたえたけれど。夏騎のは完全に素が出てしまっている。秋は、かな?なんて絶対言わない。
「なんか、おかしい。お前、また変な物でも食べた?」
「またって…一度も食べた事な「もー!冬音ってば、秋が変な物食べた事なんてないでしょ?」
「え…あ、うん。あれ?今、夏騎君…」
「ん?何?夏騎がなにか?気のせいじゃないの?冬音ってばー」
「気のせいか…そっか…」
冬音は少し考えつつも納得して足を速めた。朝、早々に冷や汗モノのミスを連発。こんなんで一日を乗り切るなんて出来るんだろうか。
入れ代わった秋と夏騎を見ながら、あたしはひっそり溜め息を吐いた。