第六十八話 遊園地とお化け屋敷と強がりと ② 冬音side
心の中で溜め息を吐きながら、私は隣にいる夏騎君を見た。どうして彼はあんなにも付いてきたがったのだろうか。
本当にもう一度お化け屋敷に入りたかったからと言う理由だけで来たんだろうか。自問自答しても、その答えを持っているのは夏騎君本人だった。
「なんで付いてきたの…」
そう言っても夏騎君の反応がなかったので独り言のようになってしまった。と、私の横から幽霊みたいなのが飛び出して来た。
「驚かれなかった場合、虚しいと思わない?」
びくともしない私を襲いかかるポーズをしたまま見つめる幽霊に向かって言ってみた。言うだけ言って先に進む。
「怖くないの?」
「うん、春香が私の分まで怖がってくれてたし」
笑いかけて言えば、夏騎君も笑い返してくれた。春香は幽霊が酷く苦手だ。心霊特集を前に見せた時、途中で気絶していた事もあった。
「それに私が怖がったりしたら春香がもっと怖がるよ。普段、私が怖がらないから」
「じゃあ怖い事は怖いんだ」
ギクリとして夏騎君の顔を見る。それから私は顔を伏せて足元を見た。
「そりゃあ…」
「今は春香はいないよ」
「………」
この人は…春香がいないから今は怖がっても良いと…皆まで言ってないけど。そう言ってるんだ。私、そんな怖がりじゃないんだけど…。
「あ…」
「え?」
急に声をあげた夏騎君にまた顔を向ければ、何かを見つめている。その何かを私も見た。それは一人の女性で背中を向けて、しくしくと泣いていた。
あれ、これどこかで見た事あるような…。泣いている女性の姿を見ながら、私は自分の記憶を探る。
「うう…グスッ…うぇ…」
いや、やっぱり気のせいか。もしかして怖くて立てなくなったのだろうか?怖いならなんで一人入ったのか…と数分前の私を思い出す。
「あの、大丈夫ですか?」
泣いている女性に呼び掛けると、それに気づいたのか泣くのをやめた。すると振り向き様に私の腕を掴んで言った。
「私の顔…返して…」
そこには女性の顔はなく…そう、のっぺらぼうだ。私は固まって動けなくなっていた。油断した…ここはお化け屋敷だ。
「離してもらえますか?」
私の肩を掴み、後ろからそう言ったのは夏騎君だった。にこやかな笑みなのに、何この恐怖感。おばけにも抱いた事あんまりないよ。
笑顔の凄みに負けたのか、素敵さで負けたのか、女性は頬を赤らめて私の手を離した。ああ、これ後者だよ、絶対。
「えーと…夏騎君?」
「ん?」
あの、のっぺらぼうな女性から少し離れたところで私が切り出したが、分かっていないのか首を傾げていた。
「いつまで、このまま?」
「え?…あっ」
肩を掴んだままのその腕を見て、夏騎君が声をあげて離した。私が言わなかったら、まだあのままだったんだろうか。
「ごめん、嫌だったよね。松永、好きな人いるのに」
「あ…いや大丈夫」
そういえば、そんな事をこの人に言った。しかし、それは貴方なんですよー。言えない思いを心の中で言ってやる。
「これ、どこまで続くの?」
「あと数分はかかるんじゃないかな、結構大きめだし」
「そう…ひぃ!!」
足首の冷たい感触に思わず悲鳴をあげる。まるで氷のような…まさか本物とか?いやいや、いるわけないじゃないか。
「大丈夫?」
「大丈夫、大丈…」
隣の障子から出ている無数の手に言葉を失う。なんだかんだで、とてつもなく…怖い。しかし、夏騎君には悟られないようにしなければ。
「本当に大丈夫?」
「全然平気だ…し!!」
その後も何かと私が仕掛けに反応し、そのたびに夏騎君に大丈夫かと聞かれ続けた。やっと出口に着く。外へと出かかった瞬間。
「あ……」
「………」
最後の最後に落ちてきたマネキンの首によって私は無言のまま気絶した。
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次に目が覚めた時、額のひんやりとした感覚と春香の心配そうな顔が目に入った。
「大丈夫?やっぱり最後の奴にやられた?」
「最後のって…マネキンの?」
「そうそう、あたし初めに見た時、本物かと」
その時の事を思い出したのか春香は身を震わせた。隣で冠凪さんも涙目になりながら頷いている。桜もだ。
「夏騎は、さすがに二回目だったから、だいぶ平気だったみたい。気絶した冬音つれて来て濡らしたハンカチ額に乗せて」
「……ありがとう」
ハンカチを額から外し、起き上がって夏騎君に顔を向けた。状況からして春香に言われなくても、ここへ運んでくれたのは夏騎君だと分かる。
「大丈夫?」
「もう平気」
今日、何度目かの彼からの大丈夫?に返事をする。答えにも一度も変化はなかった。ただ一言、平気だと大丈夫だと。
それにしても彼の前で気絶してしまったのか。なんだか不覚だ。結局、私も怖がってしまった。
「結構、遊んだよねー」
「ですね」
「帰る?疲れたし」
ベンチにもたれて座っていた桜の提案により、遊び疲れた私達は帰宅する事となった。
ちなみに私は帰宅前、次にお化け屋敷に行く時には耐性をつけておこうと、レンタル店へと足を運んだのだった。