第六十五話 缶コーヒーと想いと鈍感と 桜side
放課後になってしまった…。会いたくない訳じゃない、むしろ会いたい…けど…と、うじうじして五分が経った。
「はぁ…」
溜め息を吐きながら、重く感じる足を無理矢理動かす。部室に着くまでの間、何を話そうか…そればかり考えていた。
部室に着き、深呼吸をしてからノックをする。中から雪さんの声が聞こえた。
「はい」
ガラガラと戸を開けて中に入る。私に気づいた雪さんが微笑んで私を見た。高鳴る鼓動、ああやっぱり私…。
「久しぶり。最近は来なかったね」
「ええ、まあ…」
けれど、それ以上の事を雪さんが聞く事はなかった。来なかった間の事、気にならないのねと若干ふて腐れる。
「雪さん、彼女欲しいと思う?」
「さあ、どうだろうね」
「…そう」
ふと視線を逸らした先に、見覚えのある缶コーヒー。今度、買って飲もうかしらなんて考える。好きな人の好きな物は私も好きになりたい…。
「雪さん…」
「ん?」
伏せていた顔を上げて、首を少し傾げて笑った雪さんを見て、私の胸がキュンと音をたてる。完全に惚れてるわ。
「また、来てもいいかしら?」
「いいよ、僕がいない時もあるだろうけど」
貴方がいるから来たいのよ、なんて口がさけても言えやしない。今までは積極的に自分から行って、肉食系女子って周りに言われてたのに…。
「私の事…どう思う?」
過去の自分を思い出し、自分を奮い立たせて聞いてみた。雪さんはキョトンとした顔をして私を見ている。
「どう思うって…?」
「思うは思うよ」
私から視線を外して唸りながら考え始めた。少し経つと雪さんが視線を私に戻した。
「女性だと思う」
「………」
「え?何かおかしい事、言ったかな?」
…………天然か!!!眉をひそめて首を傾げる雪さんに私は顔をひきつらせた。
「おかしいって言うか…おかしいわね」
「どこが?」
「もー何か色々と。もう一度聞き直すわ、私の事、女性としてどう思う?」
「え…?」
目を見開いて何度か瞬きをしながら雪さんは目を逸らした。どことなく困っている感じがした。
「や、やっぱり良いわ。忘れて」
「言うよ」
「雪さ…」
真っ直ぐに見つめられ胸が苦しくなる。目が離せない、肉食系女子はどこかへ行ってしまったらしい。逆に私が、のみ込まれる。
「本井さんの事…僕としては女性でも話しやすい人だと思ってる」
「そう…ありがとう…」
これ…遠回しに恋愛感情ないって言われてるようなものよね。聞き直しても結局ダメじゃない。一筋縄ではいかない相手に当たってしまった。
惹かれてしまった、好きになってしまった。もしも私がこんなにも惚れてなかったら、今頃軽く告白してたんでしょうね。
もしも、彼が春香に似て鈍くなかったら今頃気づかれていたんでしょうね。自分で言うのもなんだけど分かりやすいもの。
「そういえば、春香からこんなのもらったんだ」
そう言って雪さんが出してきたのは遊園地のチケットだった。春香が気をきかせてくれたか、冬音ちゃんが渡すよう頼んだか…。
「チケット二枚あるから、誰誘うか困ってたんだ。本井さん、一緒に行かない?日曜に」
「え、私?」
「うん、君」
「じゃあ…」
私はチケットを一枚受け取りポケットにしまった。嬉しい…顔が綻んでないだろうか?頬を手で包む。
「楽しみだね」
「ええ」
何人か、昔にも付き合っていた人がいて、その何人かは全員同じタイプなのに雪さんだけが違った。何人かには積極的に行ってたのに雪さんだけに臆病だった。
何人にもデートに誘われたのに雪さんからだけは嬉しすぎて顔が綻びそうだ。今まで気にしなかったのに雪さんにだけは私を気にしてほしかった。
雪さんの物だけは自分も好きになりたいと思っている。“今まで”と全てが違っていて、ちょっとの事で私は落ち込んだり喜んだり、胸が高鳴る、苦しくなる。
「私、好きよ」
雪さんが顔を上げて私を見た。頬杖をついた私は缶コーヒーを見つめる。
「その缶コーヒー」
貴方が好きな物だから。雪さんは嬉しそうに笑っていた。
「そっか…そっか…」
あまりにも嬉しそうにするので、こっちまで嬉しくなる。嬉しそうな理由は聞かない事にした。すると、雪さんがふっと笑って私を見たまま言った。
「次は二人分買って来るよ…だから______」
「え…」
体温が急激に上がる。雪さんの照れた笑顔を頬杖をついたまま見つめる。私は立ち上がった。
「絶対、そうするわ」
赤い顔のまま、私は笑う。雪さんも照れ笑う。来る前とは違う軽い足取りで教室に鞄を取りに戻るまでの間。
『次は二人分買って来るよ…だから“待ってるよ”』
先程言われた言葉を何十回も頭の中でリピートした。