第六十三話 モヤモヤと盛り上がる会話 冬音side
無言のまま、どちらも話す事なく私達は淡々と屋上前の階段へと歩いていた。そこはあまり人通りがないからだ。
それにしてもとコッソリ息を吐く。春香の筆箱に仕掛けをしておいてよかった。今頃飛び出してきた虫のドッキリオモチャに驚いているだろう。
先を歩いていた桜が止まり、危うくぶつかりそうになった。二・三歩退くと桜が振り返る。
「春香に言ってないのね。あの子、言わないと完全には分からないわよ?」
「だからだよ、鈍いからこそ楽に隠せた」
「どうしてそこまで隠すの?いいじゃない」
「良くないから隠してるんだよ」
自分でも驚く程、低い声が出た。桜も息をのんで驚いた表情でこちらを見つめている。
「気づいて、それで分かったなら仕方がないけど、春香は分かってなかった。だから言わなかった。好きな人についてね」
「………」
「それに私が夏騎君を好きだと知ったら身を引く人がいる。その人の事を考えたら…」
「冠凪さん…ね」
私は少し考えてから頷く事にした。ここで何を言っても何もかも分かっている桜には無駄だ。
「秋にもいいのかって聞かれたよ」
「そう……」
「いいに決まってるのに」
声が震えた、顔を背けてこぼれ落ちそうな物をなんとか堪えようとする。それでも、桜の短いけれど優しい声色の言葉が追い打ちをかける。
「……そうね」
「大丈夫なのに、忘れられるの…に…」
その後の言葉は包まれた暖かさによって遮られた。落ち着かせるように背中を叩き、頭を撫でてくる。
「そうね…」
堪えていた物が私の目から流れ始めた。そこにはただ私のすすり泣く声だけが響いていた。
「…大丈夫?」
思う存分…とまではいかなかったけれど泣いて、泣き止んだ私に心配そうに桜が声をかけてきた。
「大丈夫…」
不本意にも涙声になった。優しい声色は止めてほしい、また涙が出る。
「それに冠凪さんの協力する事になって、今は夏騎君と話してるはずだから」
「いいの?本当に」
「しつこい、良いったら良い」
「はいはい」
クスクスと笑う桜がなんだか大人に見えて、悔しかった。あと、とてつもなくムカついた。なので仕返しついでに言う事にした。
「雪さんだけど」
「!?」
途端に先程までの余裕な笑いは消え、焦ったような表情をした。
「ゆ…雪さんが何よ」
「別に?」
気になるんだなと眉をしかめた桜を見ながら、今度は私が余裕で思う。
「言いなさいよ、何なの?」
「気になる?」
「……ええ、気になるわよ…悪い?」
半場やけくそ気味に言われた。鋭い目で睨み付けられる。ここでなんでもないよ、ただ名前言っただけ。なんていうネタバレを言おうもんなら…あ、ダメだ。
「?どうしたのよ、青い顔して」
「んえ?んーいや、なんでもない」
「そう?それで雪さんだけど」
「あー!そうそうそう」
全力で頷いて時間稼ぎしながら頭をフルに回転させる。なにかいい手はないだろうか。
「?まさか嘘じゃないでしょうね、名前呼んだだけとか…」
「そんなわけないよー」
そんな訳あるよ。なんでこの人、こんなに勘が鋭いんでしょうか?ここで私はいい手を思い付く。
「雪さんだけど最近、話とかしてる?」
「雪さんと?いいえ」
「明日にでも話してみれば?」
「え…ええ…」
なんとか誤魔化せただろうか?チラチラと桜を見ながら様子を窺う。しかし、明日の事で頭がいっぱいらしく、上手く誤魔化せたらしい。
「それで、想いは伝えないって事でいいのね?」
脱線してしまった話を元に戻すように桜が腕を組んで尋ねてきた。そんなの私の中ではとっくに決まっていて、考え抜いた結果だった。
もう昔のような事はごめんだ。私は…私が引いて…想いを秘めたままにしてしまえば…そうすれば…。
「そうすれば悲しむ人はいないでしょ?」
黙り込んだ桜の横を通りすぎて、春香が待っているだろう教室へと向かった。
「…貴方がいるじゃない」
そんな小さい声は私の耳に届くはずもなかった。
教室に戻ってみると筆箱と虫のオモチャが机にあるだけで春香本人の姿が見えない。首を傾げて待っていると春香がどこからか戻って来た。
「あ、冬音」
「どうかした?」
いやに疲れた顔をして、そのまま机の上にうつ伏せになった。春香は顔を少しあげる。
「夏騎と冠凪さん…」
「二人の所にいたんだ?どうだった?」
「んー…」
唸って腕に顔を埋めてしまった春香を揺する。揺すって揺すって揺すりまくる。
「ああ、もう!!見てくれば!?全く、最初は科学だったはずなのにあたしが見に行ったら…」
怒鳴られてしまった。あと、なんかイライラしながら言ってるし…。私は仕方なく言われた通り、見に行く事にした。三組を覗いてみると案の定いる二人の姿。
「秋といえば、なんたらとか」
「そんな感じしますね、秋さんは」
……ん?…私の耳がおかしくなければ確実に今の話題は秋についてだ。春香が見に行ってた時からと考えると…どれだけ盛り上がってんだ、一人の人間で!!
すると、チャイムが鳴り私は慌てて教室へと戻る事にした。盗み聞きしてたと知れたら怒られる。
「どうよ?」
自分の教室に戻ってみれば、どや顔でそう言った春香がいた。未だに顔だけあげつつ体はぐったりとしている。
「どうよって?」
「秋についての話題」
「ああ、よく盛り上がれるよね。私、その話に乗れた冠凪さん尊敬する」
「だよね」
そう言うと春香はやっと体を起こした。私も自分の席へと戻った。モヤモヤとしたものに見てみぬフリをしながら…。