第六十二話 会話と成功と後押しと
ぐいぐいと背中を押されながら、あたしは三組の教室前に立った。ちなみに背中を押していたのは冬音で…。
「背中を押してあげるから」
「うーん…じゃあ」
渋々ながら頷くと、急にあたしの背後に回った冬音が背中を押し始めたのだ。
「背中を押すって、そのまんまの意味で言ってたの!?ちょっと、自分であるけ…」
あたしの止める声も虚しく、ここまで押さえれて来てしまった。その間の周りの視線が…。
「あと冠凪さんも呼ばなきゃな」
四組の方を見て呟いた冬音にあたしは真顔になりながら言った。
「あたしにしたような事しないでね」
「うん、分かってる」
しっかりと頷いて向かった冬音を、こんなにも不安に見送ったのは何回目だろうか…。案の定、冬音は冠凪さんの背中を押して来た。物理的に。
「どうして背中を押すって言って、本当に押したんですか?普通、言葉で後押しとか…」
「季野 夏騎君いる?」
「あれー?冬音さん、あなたそんなにマイペースだった?」
「あれー?春香さん、貴方そんなにツッコミだった?」
「何、そんなにツッコミだったって!?言い方マネしないでよ」
睨み合っているといつの間にいたのか、教室のドアのところに夏騎が立っていた。
「えっと…用があるんじゃ?」
「あ、そうそう。うーんと…」
しまった、押されて来たまでは良かったけどキッカケどう作るか考えてなかった。
誤魔化すためになんとなく夏騎を見てみると、ちょっと嬉しそうにしている…なんで?
「…冠凪さん、話し相手があんまりいないから困ってるんだって」
「はっはい!科学についてばかりで…春香さんは寝てしまいますし」
「げっ」
バレないようにしていたけれど、やっぱりバレてたのか。声を出してしまった後、誤魔化しに咳払いをしてみる。
「冬音さんと桜さんは興味なさそうですし」
「うん、興味ないね」
「そんなバッサリと言わんでも」
「けど、それだったら秋との方が話弾むと思うよ?」
「あ…そうですよね」
あっさりと引き下がってしまった冠凪さん。見かねて冬音が後押しする。
「いや、夏騎君。勉強あれでしょ、苦手でしょ、科学も例外じゃないでしょ」
「まあ…」
「じゃあ冠凪さんに教えてもらわなきゃ、科学に偏るけど知らないよりはいいと思うけど」
「……たしかに。冠凪さん、いいかな僕で」
「はい!!」
冠凪さんは最高の笑顔で頷き、三組の教室に入りながら話を始めた。
役割を終えたあたしと冬音は自分達のクラスに戻る途中だった。
「結局、冬音が後押ししたんじゃん」
「しょうがなかったから、あのままじゃ春香も言葉に詰まったまま、冠凪さんは引き下がったままだよ」
図星過ぎて言葉が出ない。あの一瞬でそこまで考えたのか。頭の回転が早い。
「良かったの?冬音ちゃんはそれで」
「あ…」
あたしと冬音の前に桜が現れた。桜は腕を組んで、こちらを見ている。
「良かったのって?」
「春香は先に行っててよ」
「……やだ」
「で、自分の筆箱あげてみてよ」
「筆箱?」
あたしは疑問に思い、一旦教室に見に行って戻って来る事にした。
急いで駆け出し、鞄から自分の筆箱を取り出す。そして蓋を開けて出てきた…。
「…っ!?」
虫のビックリオモチャ。……引っ掛かった!!これは罠…時間稼ぎ。筆箱とその中身を放置したまま、あたしは廊下を見た。
先程まで冬音と桜のいた場所に二人の姿はどこにもなく、やっぱり時間稼ぎだったのだと確信する。
(冬音、何を隠してるの?)
そこまでして知られたくない事なんだろうか?しかし、あたしでも検討くらいは付いていた。
きっと、冬音の【好きな人】に関係しているんだろう。最近だと、それくらいしか思い当たらない。
(どうしよう追いかけようか?)
そう思い足を踏み出そうとして、引っ込めた。いつか冬音があたしに話してくれるその時まで待っていよう。
(いつかが来るまで待っていよう)
思い直してあたしは夏騎と話している冠凪さんのいる三組へと足を踏み出した。
話の邪魔をしない程度に教室の中を覗き込んでみる。どうやら順調なようで楽しげな笑い声が聞こえてきた。
(だけど科学の話に笑えるところなんてあったっけ?)
ふと疑問に思い、更に息を潜めて会話を聞いてみると。
「そしたら秋が」
「そうなんですか?」
(秋の話題で盛り上がっている…)
科学の話はどこへやら(始めから終わりまで会話が科学って決められた訳じゃないけど)少なくとも始めは科学の話から始められていたはずなのに…。
(なんで、そうなった!!)
けど、まあ本人達がとても楽しそうなのでそれはそれでいいんだけども…。
「そういえば秋が」
「へえー」
一人の人間について、これほどまでによく盛り上がって話せるもんなんだなーと妙に感心した昼休みの事だった。