第五十九話 休日にもトラブルメーカー
もう、日常のように冬音が朝の食卓にいた。普通に母もご飯よそってるし…。
訪問騒動以後から冬音がよく家にご飯を食べに来た。母は嫌な顔をしなかった。
それどころか、嬉しそうに喜んで家に招いた。家族が増えたみたいに賑やかで嬉しいわと、母が言ったのを覚えている。
「おはよう」
「おはよー」
朝から素敵な笑顔の母に挨拶を返す。冬音の向かいの椅子に座る。
「おはよ」
「うん、おはよ」
こちらも素敵な笑顔で挨拶を返してくれた。そしてまた、食事を続ける。
「今日、なんか用事あったっけ?」
母から、よそってもらったご飯を受け取り、あたしは聞いた。
「忘れたの?」
「えっ、用事あった?」
箸を一旦止めて冬音を見る。やれやれと首を振って、冬音も箸を止めた。
「いくら嫌だからって忘れちゃダメでしょ。勉強会」
「あ…」
つい二日前、定期的に勉強会でもした方がいいんじゃないかと、秋と冬音があたしと夏騎に言った。それで、次の休日にでもしようかってなって…。
「たしか、冠凪さんが来るんだよね?」
「そうそう、桜は今回不参加だけどね」
きっと、この間の事だろう。分かっていても敢えて口に出そうとは冬音もあたしも思わなかった。
「そっか…けどスパルタ人員が一人減ったのは助かったー」
「まだもう一人いるけどね」
「うん…」
今はなんというか…心境はとても複雑だ。スパルタな人が…。
「良かったね、春香。スパルタな彼氏のおかげで成績上がるよ」
「嬉しいけど嬉しくない」
「んな事、言っても…あ、そろそろ出た方がいいよ。ごちそうさま、美味しかったです」
いつの間に食べ終わっていたのか冬音が食器を台所へと運び出した。まだ途中だったあたしは急いで食事をして片付ける。
「じゃっ、また来週も来ますね」
「はいはい、待ってますよ。いってらっしゃい」
「「いってきます」」
ドアを閉めて、あたし達は歩き出した。あっ、そうだと思い出す。
「誰のところで勉強会するんだっけ?」
「私のところ。まあ、姉がいるけど致し方ない」
「ああ…」
あたしは前に秋達と一緒に冬音の家へ行った時、薄着で出てきた女性の事を思い出した。
「モデルしてるんだっけ?」
「そう、中身あれだけどね」
なんて冗談めかして言うほどには仲は良い(?)らしい。
「あれ?でも待ち合わせが冬音の家なのにいなくてよかったの?」
「なんで?」
「うーん…お姉さん出るの嫌じゃないのかなって」
そういえば、冬音はお姉さんが出るのを嫌がっていたと思い出した。すると、冬音は口を開けたまま黙りこんだ。
「え?あれ、ふゆ…」
「つい、毎週の癖で…」
「あっ!ちょっ冬音!」
走り出した冬音をあたしは呼び止めた。腕を掴み、止まらせる。
「冬音!待って」
「早くいかないと奴が!奴が出てしまう」
「だから!冬音は走るより歩いた方が早いから!!」
「……そうだね」
瞬時に冷静に戻った冬音が頷く。何の因果か冬音は走るスピードより歩くスピードの方が早い。
「改めて、急ごう」
「うん」
こうして、ようやく冬音の家に着いた。合鍵を持ち歩いていたのかポケットから取り出してドアを開けた。
「どうぞ」
「おじゃまします」
冬音の家なんていつぶりだろうか?たしか、最後に来たのは、お見舞いの時か。
「あら、えっと…春香ちゃん。二度目まして、冬音の姉の由利音です」
「節中 春香です」
「ほらほら、早く」
あたしを急かす冬音は明らかに冷や汗をかいていた。お姉さん、由利音さんは今日も薄着だ。
「まだ来てなかったみたいだね」
部屋へと案内され、飲み物が用意されたところであたしは言った。
「うん、けど出られたりしたら…スタンバってるよ」
「ははっ、大変だね」
冬音が部屋を出るのを見た後、やる事もないので周りを見回していると、インターホンの音が聞こえた。
下では何やら冬音が来ないでよと由利音さんに叫んでいる。それから、階段を上がって来る音がしてドアが開いた。
「すみません、待ちました?」
「ううん、今来たところだよ」
「じゃあ、勉強といくか」
「お手柔らかに…」
張り切っている秋を宥めるようにあたしは言った。しかし、それもスパルタを押さえるのには聞かないのだろう…。
「冠凪さんは夏騎君に教えてあげてよ。私は春香の方見るから」
「あたしだけ二人とか!」
「見るだけ見るだけ。時々夏騎君の方も見るからさ」
「う…ん…」
渋々、頷いたあたしは早速テーブルに問題集を出し始めた秋を見て溜め息を1つ吐いた。
「じゃ、始めるぞ」
「はーい」
「私達も始めましょうか」
「よろしく」
そして、互いに淡々と勉強を始めたまでは良かったものの…。
「何、冬音?」
ガン見してくるので、つい聞いた。冬音は、ふっとあたしから視線を逸らす。
「んー、暇」
「勉強でもしてろ、邪魔するな」
「邪魔なんてしてないけどー?」
「してるじゃないか、今だって!」
「ちょっ二人共…!!」
二人を止めようとした矢先、ドタドタと階段を上がって来る音が聞こえてきた。冬音の顔が青くなる。
そして、部屋のドアが開けられ由利音さんが相変わらずの薄着で入ってきた。
この時、秋の顔が赤くなったのをあたしは見逃さない。
「静かにしないとまた来るわよ、冬音」
「はい…」
由利音さんの背中を押して部屋から出そうとしながら冬音は今日、一番素直だった。