第五十八話 恋愛成就
ニタニタと笑う冬音を見ながら、あたしは桜の心配をした。
先程、冬音が「そういえば、桜は告白するのかな?」と冠凪さんの時と同様に言ったからだ。
しかし、冠凪さんの時とは比べ物にならないほど冬音は何故かウキウキしていた。
そんなの、からかう気だなとすぐ分かった。ニタニタなんて滅多に笑わないから。
「やめなよ、茶々いれるのは」
「だけどさ、もしかすると義姉になるかもしれないんだよ?桜が春香の」
腰に手を当て、指を指された。たしかに、無くはないかもしれない…性格的にも桜は姉御肌だ。
「けど、それとこれとは別でしょ?第一、結婚したらの話だし」
「結婚しないでもないでしょ、そんなの」
「それは…予知出来るはずもないし、分からないよ 」
「なら、いいじゃん。結局、本人達次第って事でしょ」
「なんで、いい!?話もずれてるし!」
「まあまあ、いいじゃないか。ほら!行くよ」
そもそも、それを止めるために言ったんだけど…。あたしの思いなどお構いなしに冬音は行ってしまった。
「トラブルメーカーめ…」
せめてもの抵抗に呟いてみたものの、それが冬音に届くはずもなかった。
ついて行こうと歩き出した時、前から冠凪さんがやってきた。向こうもあたしに気づいたようで、こちらに来る。
「どうしたんですか?疲れた顔して」
「えっ、そんな顔してる?」
「ええ、まあ…冬音さん…ですか?」
悟ったように言われ、当てられた。大体、冬音に付き合ってると精神的にスタミナ切れする。あたしは顔をひきつらせながら、頷いた。
「うん、なんか桜の恋愛に足突っ込む気らしくてね」
「なら、早く行った方がいいですね。すみません、呼び止めちゃって」
申し訳なさそうにシュンとした冠凪さんにあたしは、顔の前で両手を振った。
「いやいや、大丈夫だよ。じゃあ、またね」
「はい」
冠凪さんと別れて、あたしは冬音を追いかけた。少し行くと、冬音と桜を見つけた。
もう話をしているようで冷や汗がでた。余計な事を言ってないだろうか…。
「わっ私とっ!?」
桜の上ずった声で、ああ遅かったな…。そう悟った。冬音があたしに気付く。
「あ、春香」
「何?何言ったの!?」
「さっき話してた事を」
MA・SA・KA!?目の前の冬音は特に悪びれもせずに言った。桜に顔を向ける。
「桜、冬音に何言われたの?」
聞かなくても分かっているけれど、もしかしたらの望みにかけた。
「私と雪さんが…けっ、けっこ…」
「oh、no!」
「どうかした、春香?」
「なんて事を言ったのさ!どうかしたじゃないよ!どうかしてんのは、そっちだよ!」
「まあまあ、落ち着いてお茶でも」
「落ち着いてられるか!てか、どっから出した!?そのお茶」
お茶を一応、受け取り落ち着いたところで(結局、飲んだ)あたしは一息ついた。
「恋人同士にもまだなってないのに、結婚話は早くない?」
「たしかに」
「そうね」
あたしと同じく、冬音からお茶をもらったのか桜の手には湯飲みがあった。
「だから、まずは恋愛成就でしょ」
「そうだね」
「そうね」
「「……」」
自然とあたし達の顔が向いたのは「そうね」しか言わない桜だった。
「そうね、じゃなくてね?今、桜の話をしてるんだよ?」
「分かってるわよ、言われなくても」
「そうね以外にも言おうよ、じゃあ」
「続けて」
お茶を啜る桜を見ながら、あたしは口を閉ざした。桜は顔をあげる。
「どうしたの、続けて?」
「いや、だから恋愛成就しないと」
「ええ、分かってるわ」
「そのためには告白しないと」
「……」
途端に黙り込んだ桜に冬音が追い討ちをかけるように言った。
「けどさ、告白してフラれたら未来の話してた私達ってバカみたいだよね」
「……バカがいた」
トラブルメーカーと言う名の無神経がいた。桜は何も言わず顔を伏せている。
「冬音、頭いいのに時々バカみたいに無神経な事、言うよね」
「やだな、春香。バカに失礼だよ」
「そこじゃないでしょうが!これからって時に何言ってんのって事」
「いいわ…」
顔を伏せたままの桜が呟くように言った。会話を中断して桜をみる。
「もういいわ…」
「もういいって?」
「そのまんまの意味よ、私あきらめるわ」
「冬音が言ったから?」
すると、桜は首を横に振る。相変わらず伏せられたままの顔では表情が見えない。
「私には無理だったのよ、秋君も春香とくっついたし」
「それは…」
「もういいのよ、私」
伏せられた顔があげられた。こっちが泣きそうになるほど、悲しい笑顔だった。
「桜…」
「ごめんなさい、私行くわね」
立って行ってしまった桜の後ろ姿を見送っていると、肩をポンと叩かれた。
振り向いて見ると、冬音が肩を叩いたようだ。首をかしげたあたしに冬音は言った。
「諦めるなんて無理だね、絶対」
「うん」
「帰り、神社行こうか。お守りでも買う?」
「当然」
不思議と足取りは軽かった。それは本当は不思議でもなんでもなくて、ただいつか叶うと信じただけの事だった。