第五十六話 完成と考え
この騒動が片付いたら、まず冬音と恋バナでもしよう。そんな事を考えながら、あたしは黙々と冠凪さんの手伝いをしていた。
どんな状況かと様子を見に行ったまでは良かったものの、一人で大変そうな冠凪さんを見てつい言ってしまった。
「手伝おうか?」
の一言。これにより、あたしは意外なハードさを知る事となった。考え事などしていられる状況ではなかったけれど、現実逃避気味に思ってしまっていた。冬音と恋バナしようと。
「えっと…大丈夫ですか?」
あたしがボーッとしていたからだろう。手は休めずに心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ、ごめんねボーッとして」
「いえ、大丈夫ならぼ良いのです」
そしてまた、無言の中で黙々と作業が行われた。ちなみに桜は、じっくり考えたいからと冠凪さんが出してくれた椅子に座ったまま動かない。
「桜も手伝ってよ」
と物は試しに声をかけてみても、全くと言っていいほど反応がない。聞こえていないのかと思い、耳元に近づいた。
「桜も手伝ってってば!!」
「キャア!」
先程よりも強く言ったのも効いて、桜は飛び上がるように椅子から立ち上がった。
「耳元で・・・しかも大声で・・・」
涙目になり鼓膜を気にする桜を横目に見ながら、あたしは作業を続けた。
「ちょっと?何なの」
「今、言った通り!考え事より今は、こっちが先だって」
「私にだって色々あんのよ」
フゥと息をついて桜はまた椅子に座り、考え事を始めてしまった。何をそんなに考える事があるのか・・・気にしつつ、手は休めない。
「これっていつ頃、出来るの?」
「出来ました!」
「はやっ!」
聞いた矢先にこれだ、やっぱり冠凪さんは実はすこい人なのではと考える。
「将来、科学者は科学者でもマッドサイエンティストにはならないでね」
「はい?」
「まあ、いいや。さあ!冬音の元へ急ごう!」
「待って」
いつの間にいたのだろうか、桜が部室のドアの前に立っていて通せんぼしている。
「桜、今から行くんだから退いてよ」
「待って、私に考えがあるの」
「何?」
「それは言えないわよ」
「なんで?!」
考えだとか、それあたし達に言わないとか今日の桜は何なんだろう?確かにあたしも言わない事があったけれど…。
「あたしも話したじゃん、煙の事」
「春香達が知らない方が都合がいいのよ」
「…そんな事言うけど、知らない方があたし邪魔じゃない?無意識に邪魔するよ、きっと」
「ああ…」
桜は納得して頷くけれど、それはそれで複雑な気持ちだ。冠凪さんは黙ってあたし達を見ていた。
「とにかく、今回は私に任せて。これには冬音のある事も懸かってるのよ」
またそうやって気になってしまうような言い方をするから聞きたくなるんじゃないか。しかし、桜も頑として言わないのであたしは諦める事にした。
翌日。あたしはいつも通り、冬音と登校していた。それでも変わったところは見られず、いつもの冬音だった。
やはり、あたしの予想通り[身近な人]にだけ態度が変わってしまうのだろう。あまりにじっと見つめていたからか冬音が眉をひそめた。
「何?なんか顔に付いてる?」
ペタペタと自分の顔を触り出す冬音にあたしは首を横に振ってみせた。
「ううん、ただボーッとしてただけ」
「大丈夫?気を付けないとそのうち、ぶつかるか転けるよ?」
苦笑いを浮かべ、あたしの肩に手を置いた冬音だったがこのあとの出来事により一瞬にして変わってしまった。
「おはよ、二人とも」
あたし達にそう言って爽やかに微笑んだのは夏騎。そして、その横には秋。笑顔であたしは二人を見た。
「おはよー」
「お…おはよ…」
思わず目を丸くして隣の冬音を凝視した。そこには別人のような冬音の姿。赤く染まった頬に恥じらうように横に逸らした視線。
秋を見てみれば口を開けたまま唖然と冬音を見つめていた。夏騎も驚きが隠せないのか冬音に見入っている。
まあ、どちらにしても目の前の人物の反応が信じられない事に変わりはなかった。あたしだって、そうだ。
「えっと、冬音?」
「ごめん、私先に行く」
「ちょっ!」
止める間もなく冬音は走って…あ、足おっそい…。少し小走りして冬音の肩を掴み、強制連行…というか連れ戻す。
「どうしたの?変!変!変だよ冬音」
「さすがに変を連呼されると傷つく!事実だけども!」
「え?」
掴んだ肩から手を離して、あたしは立ち止まった。今、なんて言った?
「自分でも分かるよ、変だって事くらい」
「なんで…」
「冠凪さんからの説明聞いたし、まあ秋の前で態度が変わるのは困ったもんだけど目にしなければ普通だし」
「冬音の好きな人って?」
「ひ・み・つ!なんてね」
と言って笑った冬音は完全にその笑顔で誤魔化そうとしていた。
「………」
「なんて冷たい目をするんだ…。でもさ、なんとかならないの?」
「困ってるんだよね、秋の前で態度が変わるのが」
「そりゃそうでしょ、好きな人に誤解されたらどうするっていう」
「チャンスじゃないの、逆に」
いつの間にいたのか桜が不敵な笑みを浮かべながら、あたし達の会話に入って来た。
「どういう事?チャンスって…」
「上手くいけば誤解した相手が焦って、冬音ちゃんの元に行くかもって事よ」
「上手くいかなかったら?」
急に桜の顔から不敵な笑みは消え、次にはあたしの頬っぺたをつまんでいた。
「なんへ?」
「なんでって、そりゃ春香がすぐに冬音ちゃんが戻りたくなるような事言うから」
「いや、私もうすでに戻りたいんだけど」
「あたひが?なんへ?」
「その喋り方、面白いわね。誰だって最悪な事は考えたくないでしょ」
「え、上手くいかなかったら最悪な事になんの?」
「桜がつまむからでほ、けどたいはく(対策)はあるんだよね?」
「………」
やっと頬っぺたを離してくれたが、黙り込んでしまった桜。すると、さっきから会話に口を挟んでいた冬音が顔をひきつらせた。
「まさか、対策ないとか?」
「………」
冬音の問いに答えず目を合わせてくれない桜。それはYESと言ってるようなものだった。
「……早く戻して!早く!手遅れになる前に!」
桜の体をガクガクと揺らしながら冬音が叫ぶように言った。あ、そういえば秋と夏騎を放置したままだ。
そう気づいて二人に視線を向けてみれば、呆然と突っ立ったままだった。青い空を見上げながら
「遅刻…決定だなー…」
とあたしは遠い目をして流れ行く雲を一人、見つめていた。
「早く戻して!」
冬音の叫び声がむなしく響いた。