第五十二話 訪問③
靴を脱ぎ、とりあえずはリビングに続くであろう廊下を並んで歩く。リビングへと着くと台所から何やら美味しそうな匂いがして来たので、途端にあたしは申し訳なく思った。
「もしかしてこれから朝食だった?」
隣にいた秋に向かってあたしは聞いた。秋が曖昧に、けれどしっかりと頷いていた。
「誰が朝食作ってんの?ああ、お母さん?」
当たり前の様にテーブルに着きながら冬音が言った。そこであたしと秋は顔を見合わせる。確か、秋達のお母さんって…。
「母さんは…ある意味お前と同じ人種だからな…」
「うん、前に確かそんな事言ってたよね…」
遠い目をしたあたし達を見て眉を顰めた冬音だったが、思い出したように言った。
「料理ダメなんだっけ?」
「ああ、だから今台所にいるのは夏騎だ」
溜息混じりに秋がそう言った時、あたしは見逃さなかった。台所の方を見て頬を染め、目を輝かせる冠凪さんの姿を。
「さて、ご飯だ!」
「お前も食べる気か」
「いてっ」
秋はノリにノリまくって収集のつかなくなっている自由じ…冬音の頭を軽く小突いた。すると、タイミングを見計らっていたかのように料理を持って夏騎がやって来た。
「みんなも良ければ」
この夏騎の言葉により、冬音はドヤ顔で椅子から秋を見上げ、秋は溜息を吐いた。せっかく、どうぞと言ってくれているのだからとあたしや桜、冠凪さんも椅子に着く。秋も渋々ながら椅子に座った。
………。
「美味しかったー!また腕上げた?夏騎君」
「冬音、ちゃんとご馳走さましなきゃダメだよ?」
「女として少し危機感を感じたわ」
「夏騎君、とても美味しかったです」
「ありがとう」
各々の反応を見せる中、夏騎はさらりとにこやかに礼を述べた。秋は毎日(?)食べているだけあって普通だった。
「それで、何か用でもあったのか?」
秋は桜と似たような質問をした。こうなれば冬音の答えは…。と、冬音は立ち上がり廊下の方へと歩いて行った。
「ちょっと…」
冬音は手招きをしてあたしと秋を廊下へと呼んだ。顔を見合わせながらもあたし達は廊下へと歩いて行く。
「どうしたの?また暇だったからとか言うと思ったのに…。桜にもそう言ってたし」
「そんな事言ってたのか」
メガネの奥の目が鋭くなる。確か大雑把に説明しただけで細かい会話は教えていなかった。視線を逸らしながらあたしは話を戻す。
「そっそれで…何?」
「いや、それがさ。冠凪さん、夏騎君を好きらしいんだよね」
「えええっ!?冠凪さんが夏ムグッ」
少し大きな声が出たからか、冬音は片手であたしの口を押さえもう片方の手で人差し指を立て唇に当てた。それから手を口から離す。
「…だからさ?つまり、冠凪さんの恋を応援したい訳だよ、友人として」
「うん、それは分かるけど…」
冠凪さんのあの態度を見れば、大体そんな事は分かる。しかし、それは完璧おせっかい以外の何者でもない。
「待て、松永」
真剣みを帯びた口調で秋は冬音を見つめ言った。冬音は先を言わず共、察しているのか首を横に振って顔を俯かせた。
「いいんだよ、秋…いいんだ」
まるで自分に言い聞かせるように冬音は、ぽつりぽつりと言葉を発する。あたしだけが取り残されている。それが無性に悔しくて悲しくて…。
「何がいいの?冬音」
ついあたしはそう聞いていた。冬音は顔を上げようとしない。今、冬音がどんな顔をしているのかなんて大体の予想はつく。
きっと、泣きそうな情けない顔してる。強がりだから、たぶん絶対に顔を上げたりしないだろう。それを承知でもう一度聞く。
「ねえ、教えて?何がいいの?冬音が辛い事?」
「………ううん、辛い事じゃないよ。今度言うよ」
顔を上げた冬音はやっぱり強がっていた。強がって笑っていた。冬音が今度と言うならば…。
「待つよ…その時まで」
「うん!じゃあ三人の所戻ろ「あら、お友達?」
冬音の言葉を遮り、こちらに向かって来た人物は…。着物姿の純和風な雰囲気を持つ30代前半のような綺麗な女の人だった。
誰だろうと冬音と二人して首をかしげていると…。
「母さん…」
「あっお母さん………お母さん!?」
納得しかけた自分にも驚き秋の言葉にも驚き。この和服美人が秋のお母様!?いや…けど、どことなく秋や夏騎と似ている…ような?ああ…二人がこの和服美人さんに似てるのか。
「ゆっくりしていってくださいね。そうだ、手作りのお菓子でも…」
「いえいえいえ!さっき夏騎の作った朝食頂きましたから」
「私達、もう本当お腹いっぱいで」
嘘ではないがあたしと冬音は全力で止めた。腹痛事件の再来になってしまう。
「そう…それなら無理にとは言わないけれど…。それでどちらが秋くんの彼女さん?」
「え……」
いきなりこの人、爆弾発言しましたよ。え?こう言うのってこんな簡単な感じで言っちゃって良いの?良いのですか?
「分かった、貴方でしょう」
上品さを残しつつも完璧にテンションは上がって行っている。そんな和服美人さんが指さしたのは…。
「止めてくださいよ、秋のお母さん。こいつと付き合うくらいならアマゾンに放り込まれた方がマシですよ」
「何その例え!それって秋と付き合ってるあたしとしては複雑!すっごい複雑!」
「あら、貴方だったのですね。そういうば名前…私、季野 陽菜と申します」
ふかぶかと頭を下げて名乗られたのであたしも慌てて頭を下げて名乗った。
「私、節中 春香です。でこっちが松永 冬音」
「向こうにもまだいて本井 桜と冠凪 紅葉さん。あの二人も友人です」
リビングに残っている二人を見ながら冬音が紹介した。陽菜さんは一々頷きながら紹介を聞いていてくれていた。どこまで丁寧な人だろう。
「ではゆっくりしていってくださいね」
紹介を聞き終えた陽菜さんは、そう言うと来た方向へと戻っていった。それから夕方まで陽菜さんに引き止められたのは全くの予想外だった―――――…。