第四十六話 お料理教室②
桜に引き摺られるようにして冬音は家庭科室へと向かっていた。その様子を冠凪さんとあたしは見守るようにして見ながらついて行く。
家庭科室に着くと桜は何処から取り出したのかエプロンを付け始めた。やっと…という感じで冬音に料理を教える事が出来る。
当の本人である冬音は桜に言われ、渋々エプロンを付け始めた。冠凪さんは冬音が余計な物を入れないよう見張り、あたしは冬音が逃げないようドア付近にいる。
「ここまで冬音さんを厳重に注意しながらする料理って……」
「冠凪さん、それは私もちょっと分かるわ」
「で?何を作るの?」
あたしは気になっていた事を桜に聞く。すると桜は、その質問を待ってましたとばかりにニヤリと笑った。
「カップケーキよ!!」
「…あ…うん…」
「何よ?自分で聞いといてその反応」
「いや、あまりにも自信満々に言うもんだから…」
テンションが一気に下がったあたしを見て、桜がムッとして腕を組む。困ったように眉を下げながら冠凪さんは小さく手を挙げる。
「…作るとしてもあまり時間はかけられませんよね」
「そっそうよ!だからカップケーキなのよ」
「桜…冠凪さんに救われたね…けど、なんでカップケーキ?」
まだ少し納得がいかなかったので、あたしは桜に聞いた。これには、ちゃんとした理由があるのか今度こそ自信満々な表情をする。
「だって、カップケーキだったら簡単だし…何より誰かにあげられるもの」
「……っ…」
誰かにあげられる、と桜が言った時に明らかに冬音が動揺した。その理由を知っている桜がニヤニヤとし始める。傍から見ると、異様な光景だった。
それから冬音が逃げようとしたり、余計な物を入れようとしたのを阻止しながら、なんとか完成した。これ、一番楽なの桜じゃない!?と後で気づいたり……。
「も…もうヘトヘトです…」
「こんなに苦労しないと出来ないって……」
疲れ切ったあたしと冠凪さんは、その場に座り込む。冬音もなんだかんだで疲れていて、この中で平気そうにしているのは桜だけだった。
「何よ?なっさけないわねー?」
「桜…一度あたしか冠凪さんと同じ役割やってごらん?体力かなり消耗するから…」
「そんなにハード?」
苦笑しながら桜がそう言った。あたしは一先ず立ち上がり、出来上がったカップケーキに視線を移す。一瞬フリーズした。
「やっぱりダメだったわね」
「やっぱりって!」
せっかくあんなに頑張ったのに!と抗議したいのを抑えて、あたしは腕を組んで溜息を吐く桜を睨みながら見た。
「だってあれよ?冬音ちゃんが余計な物を入れずレシピを見てちゃんと作っても、前もダメだったじゃない?もうこれ無理よ、無理!春香だってそう思うでしょ?」
「…………(汗」
「つ…ついに春香まで私を見放した!!」
冬音が愕然としながら、そう叫んだ。あたしは申し訳ない気持ちで冬音の方を向いてから両肩を掴んで俯く。
「いや…ホントマジごめん…事実だから否定出来ない…」
「そこは是が非でも否定して!」
「こらっ、春香に無理言わないの?それを全て冬音ちゃんの料理オンチの所為なんだから」
「時々、桜さんの言葉って心に刺さる……」
すっかり落ち込んでしまった冬音は部屋の隅で膝を抱えて座り込んでしまった。それを見て冠凪さんが雰囲気を変えようと言いだした。
「それで…冬音さんは誰にあげるんですか?」
しかし、いきなり核心に触れるような事を質問してきた。首を傾げているのを見ると、本当に分からないらしい。そういえば誰にあげるんだろう?桜は何か知ってる様だけど…。
「こんな物、食べてくれる人なんていないよ…」
「いつまでも落ち込んでるんじゃないわよ!もう過ぎた事よ…」
桜が慰めるように冬音に近づき、肩に手をポンッと置いた。
「聞き方を変えます!誰にあげたかったんですか?」
「え…それは…えー…」
冠凪さんのストレートな質問に冬音が言葉を濁し始める。ずっとこのまま濁し続ける気なのかなー?と少し心配になる。
「うう…季野君にあげようと…」
やっぱり長く持たなかったようで、すぐに白状(?)した。それを聞いて、冠凪さんが気まずそうにあたしと冬音を交互に見る。
「ひ…人の彼氏に……?」
「冠凪さん、そこは普通夏騎君の方だわ」
「ええっ!?夏騎君に…ですか!?」
かなり驚いたようで冠凪さんはプチパニックになっていた。それくらい、冬音が夏騎に…って言うのが意外だったんだろうなー…。冷静装ってるけど実はあたしも驚いてたり……。
「……私なんかが…やっぱりダメだよね……」
ネガティブになっている冬音には、もうどんな反応だったとしてもこんな風になってしまっていた。その様子を見て、桜が溜息を吐く。
「そもそも、ないじゃない?カップケーキ」
「………夢だけでも見させて…」
そうポツリと呟いてから冬音は遠い目をした。そんな冬音を慰めようと冠凪さんが色々話かけている。これはもう……あの人の力を借りるしかない!って事であたしはある人の元へと向かって行った―――――…。