第四十四話 二人の時間**雪目線**
放課後、休憩ついでに学校に設置してある自動販売機で缶コーヒーを買おうとしたのはいいけれど…その後、どれにしようかまた迷ってしまった。微糖…無糖…カフェオレもある。
特に好き嫌いもないので、時間は多少掛かるけれど消去法で選んでいく事にした。そして最後に残ったコーヒーのボタンを押して、取り出して部室へと戻った。
戻ってみると周りを見回している彼女……本井さんが部室の前にいた。相手もこちらに気づいたようなので、手を振って微笑む。
「来てたんだ?実は缶コーヒーでまた迷って…」
「やっぱり……。好みとかで絞って選べば良いじゃない?」
せっかく提案してもらったけれど、好みも特にある訳ではないので申し訳なく思い、苦笑いを浮かべて右手を頭の後ろに回す。
「好き嫌いなくて…消去法でいつも選んでるから」
「消去法って…時間掛かりすぎるでしょ!?しかも好き嫌いないとか…良い事だけれども!選ぶ時の場合、厄介以外の何者でもないじゃない!テキトーに選んだりとか出来ないんじゃないの?」
「よく分かったね、あっ立ち話も難だから入って」
僕が促すと彼女は部室へと入って行って、いつもの場所に座る。そこが彼女の定位置のようだった。僕もいつものように彼女の正面に座って、手に持っていた缶コーヒーをテーブルに置いた。
「別に用があるわけじゃないけど冠凪さんっているかしら?」
「もう春香と一緒に帰って行ったよ。もう四時半だし、学校に残っている人は部活があったりする人しかいないけど」
少しだけ呆れたように溜息を吐きながら、彼女は腕を組む。
「ここも部じゃない……」
「基本、昼休みとかに活動するから」
ふと、会話が途切れたので、なんとなく窓の方へと顔を向ける。向かい側を見てみると彼女も窓の外を見つめていた。それから、少しして彼女は小さく呟いた。
「雪…」
ガタッ
「はっ!?えっ、えっ!?」
思わずバランスを崩して椅子から落ちてしまうほど驚いた。今…僕の名前を?僕は目を丸くしながら、よく見えないけれど彼女を見てみると、彼女も驚いているようだった。彼女は椅子から立ち上がって心配そうに手を差し伸べてくれた。
「だ…大丈夫?」
「大丈夫…だけど…椅子が落ちる前、なんて?」
「え?最近寒くなってきたから…“雪が降りそうね”って言おうとしたのよ?そしたら雪さんが…」
「ああ…雪…」
雪ってそっちの雪か…名前の方かと…。首を傾げている彼女の手を取って立ち上がる。それから倒れていた椅子を元に戻して座った。
「なんであんなに驚いてたのよ?」
椅子に座り、ホッとしていると突然質問をしてきた。まさか、名前を呼ばれたのと勘違いして驚いた…とは思ってないだろうな…第一そんな事を言ったら沈黙は免れないだろう。
「コーヒーが熱くて…」
「意外と熱いわよね、自動販売機のホット」
「そう…そうなんだよ」
とっさに思いついた嘘だけれど、どうやら怪しまれてはいないようだ。内心、ホッとしていると彼女が缶コーヒーを見ている事に気づいた。飲みたそうにしていたので缶コーヒーを彼女の前へと移動させる。
「……飲む?缶コーヒー」
「え…?いいの?」
「飲みたそうにしてたから」
「あ…ありがとう」
受け取った缶コーヒーを持って、嬉しそうにしていた。少し微笑ましく思えて、顔に出てしまったようだ。そろそろ、五時になるので部室を出ようと立ち上がる。すると、彼女が聞いてきた。
「どうしたの?」
「僕はもう帰るよ」
「そう?」
そう言って時間を確認していた。今が何時かとか気にしてなかったのか…。部室を出ようと行きかけて、彼女はどうするのかと思って振り返る。
「…………君は?」
「私は…まだ残ってるわ」
「そうか、じゃあまた」
「ええ、また…」
小さく彼女に手を振ってから部室を出る。しばらく、淡々と廊下を歩いて、教室へと着いて自分の鞄を机の上に一旦置く。
あの時…名前で呼ぶチャンスだった…はず…。彼女が僕の名前を意識して呼んでくれてたら自分も言えたのにな…って彼女の所為にしても仕方がないな。
でも…自分だけが名前で呼ぶって言うのも勇気がないな。それだったら相手に名前で呼んでくれないかと頼むか…それはちょっとおかしな感じがするけれど…。頼む自分の姿を考えて苦笑する。
そういえば、彼女が笑ったところをあんまり見た事がない。どうしたら笑わせられるだろうか?今度、春香にでも聞いてみようか?なんだかんだで仲がよさそうだし。
……ブローチを、もう一つ作ってみよう。前みたいに喜んでくれるかもしれない。気に入ってくれるかどうかはまた別として…。
家に帰ってアイディアを練って…それから作るとなると時間が少し掛かりそうだ…けれど、少しは頑張ってみよう。
名前で呼ぶ努力もしてみよう。すぐには呼べないかもしれないけれど、いつかきっと…呼ぶチャンスが来ると信じて。
早速、鞄を手に持って急いで学校を出て、家を目指した。
彼女…桜さんの笑う姿を思い浮かべて―――――――――。