第四十三話 二人の時間*桜目線*
放課後になり、暇を持て余していた私は雪さんの事を思い出して部室へと足を運んだ。そして部室に着いて中を覗いて見てもやっぱりいなかった。やっぱり…と言うのも冠凪さん同様、私が部室に行く時は大抵いない。
冠凪さんに用がある訳じゃないけど会えたら会えたで会話が弾むのよね。……雪さんも冠凪さんも一体どこで何を道草食ってるんだか…。
溜息を吐いて周りを見回してみると後ろに雪さんの姿が見えた。前に会った時と同じように手には缶コーヒーを持っている。雪さんは私に気づくと微笑んで缶を持っていない方で私に手を振った。
「来てたんだ?実は缶コーヒーでまた迷って…」
「やっぱり……。好みとかで絞って選べば良いじゃない?」
提案をしてみると、それに対して雪さんは申し訳無さそうにして苦笑いを浮かべた。そして右手を頭の後ろに回しす。
「好き嫌いなくて…消去法でいつも選んでるから」
「消去法って…時間掛かりすぎるでしょ!?しかも好き嫌いないとか…良い事だけれども!選ぶ時の場合、厄介以外の何者でもないじゃない!テキトーに選んだりとか出来ないんじゃないの?」
「よく分かったね、あっ立ち話も難だから入って」
促されて私は部室へと入り、いつもの定位置に座る。雪さんはいつもと同じように私の正面に座った。そしてまだ暖かい缶コーヒーを置く。
「別に用があるわけじゃないけど冠凪さんっているかしら?」
「もう春香と一緒に帰って行ったよ。もう四時半だし、学校に残っている人は部活があったりする人しかいないけど」
「ここも部じゃない……」
「基本、昼休みとかに活動するから」
そう言って雪さんが窓の方へと顔を向けたので私もつられるように窓の外を見てみた。そういえば、最近は寒くなってきた。後、もう少し寒くなれば雪が降りそう。そう思って私は何の気なしに呟いた。
「雪…」
ガタッ
「はっ!?えっ、えっ!?」
雪さんは椅子から落ちてしまうほど凄まじく驚いていた。こっちも勿論驚いている。目の前で人が椅子から落ちたのだから。私は椅子から立ち上がって雪さんに手を差し伸べる。どこか打ってたりしてないわよね?
「だ…大丈夫?」
「大丈夫…だけど…椅子が落ちる前、なんて?」
「え?最近寒くなってきたから…“雪が降りそうね”って言おうとしたのよ?そしたら雪さんが…」
「ああ…雪…」
私の言葉で何故か一人で納得して頷きながら私の手を取って立ち上がる。ついでに倒れていた椅子も元の位置に戻していた。そして椅子に座る。
「なんであんなに驚いてたのよ?」
椅子に座ってホッと一息吐いている雪さんに私は透かさず質問をした。理由もなく驚いて椅子から落ちるなんて…理由があるか余程のドジかしかないじゃない。
「コーヒーが熱くて…」
「意外と熱いわよね、自動販売機のホット」
「そう…そうなんだよ」
缶コーヒーの話をしていると喉が渇いてきて、缶コーヒーについ目が行ってしまう。それに気づいたのか雪さんが私の前に缶コーヒーを移動させた。
「……飲む?缶コーヒー」
「え…?いいの?」
「飲みたそうにしてたから」
「あ…ありがとう」
自分にしては珍しくお礼を言って、受け取った缶コーヒーを持ってみる。すると、まだ微かに暖かかった。雪さんが少し微笑んでから、立ち上がっていく。反射的に私は聞いていた。
「どうしたの?」
「僕はもう帰るよ」
「そう?」
時計を見てみると、もう五時を回っていた。そんなに長くいたのかと思ったけれど、私が暇を持て余していて部室へと来たのが確か…四時半くらいだったから…今が五時でも長い時間いた訳ではなかった。雪さんは部室を出ようとして私の方を振り返る。
「…………君は?」
「私は…まだ残ってるわ」
「そうか、じゃあまた」
「ええ、また…」
手を小さく振る雪さんの姿が部室の出入口から消えて、足音が遠ざかって…聞こえなくなるまで私はジッと耳を澄まして何もしなかった。
静まり返って、誰もいない部室の中で缶コーヒーを開ける音だけが響く。君は?って聞くまでに少しだけ間があった。名前を呼ぼうかどうか悩んでいたのかもしれない…そして呼ばない事にしたのだろう。少し…ほんの少しだけ期待してしまった。
名前で呼んでもらえるかもしれないと…。
でも…呼んでもらえなかった。名前で呼んでと自分から頼むべきだった?でもそれはそれでおかしな感じがする。
そういえば部室を出る前、最後に少しだけ微笑んだ…その彼の微笑みが忘れられない。好き?きっとまだ気になる止まり。
本当は好きなのかもしれない…
でも…好きだったとして私は…
告白出来ない…そんな勇気…
私には無いの…強がりなただの臆病者なの…。
開けておいた缶コーヒーを口元へ運び、少しだけ喉に流し込む。目からは不思議と涙が溢れた。私…別に甘党じゃないし、苦いものも缶コーヒーも大丈夫なのよ?でも……
「にがっ……」
やっぱり分からないわ…
好きな人の気持ちが一番…。