第三十六話 子猫の里親
一体…この状況は何なのだろう?冬音が椅子の上に立ち、秋は辺りを警戒して夏騎は下を見て何かを探しているようだった。
分からないのであたしは首を傾げながらその場にいる三人に聞いてみる事にした。あの様子じゃ、あたしがいる事にも気づいてないだろうけど…。
「えーと…この状況は?」
「あっ春香!春香も早く椅子に乗って」
「一体どう言う事なのか全然分からないんだけど?」
「短く説明すると、野良猫が迷い込んだんだよ」
下を向いて野良猫を探しながら夏騎は本当に短く説明してくれた。けど、なんで野良猫ってだけで冬音が椅子に立ってるの?
「冬音って猫、嫌いだったっけ?」
「嫌いじゃないよ、ただ野良猫が子猫だから、踏まないように気をつけないと…」
「いくら子猫でも、間違って踏んじゃうほど小さくはないと思う」
あたしが首を振って否定していると、足元で小さくミャーと可愛い鳴き声が聞こえた。その声を辿って自分の足元を見る。白・黒・茶の綺麗な三毛の毛並みをした子猫があたしの足をすりすりしていた。思わず抱き上げて叫ぶ。
「か…可愛いーーーー!!!」
「おおっ!春香が子猫の可愛さに叫んでる…」
そう言って冬音は唖然とした表情だった。他の二人も冬音と同じく唖然としていた。あたしはコホンとわざとらしく咳払いをしてから抱き上げていた子猫を下ろした。
「ごめん、あまりの可愛さに我を忘れた」
「大丈夫……大丈夫……」
「冬音は何の確認してるの!?」
「ちょっと驚いただけだから」
冬音はそう言って足元にいた子猫を抱き上げた。それにしても、どこからこの子猫は学校に入り込んだのだろう?子猫なだけあって通れる隙間があれば通れない事もないよね。
「でも、この子どうする?」
不安そうな顔をして冬音があたし達に聞く。このまま外へ逃がしても、子猫だし…生きていけるのか不安だよね…。
「冠凪さんとかどうかな?」
「ナイス、春香!」
子猫を片手で抱いたまま、冬音は右手の親指を立てた。そんな訳でサイエンス部の部室へと向かったのですが……。
「いない?」
「はい、用事があるとかで…帰っちゃったんですよ」
部員の人も困っているのか溜息を吐いていた。色々、大変なんだね…。ちなみに兄はと言うと隅っこの方で何か作っていた。
桜のブローチかな?邪魔をしないよう、あたしはスルーした。決して面倒な事になるからとかではないよ!!
「あ…」
部室から教室へと戻る途中に桜と廊下で会った。冠凪さんがダメなら桜だよ、丁度目の前に桜本人がいる事だし…。
「さーーーくーーらーーー!!」
「ちょっいきなり叫んで何なのよ!」
「子猫、飼う気ない?」
「ないわ、全くないわ」
即答!?しかも二回もないって言ったよ!冬音の腕の中で大人しくしている子猫を見ていると、なんか切なくなってきたよ。こんなに小さいのに苦労して……。
「桜って血も涙も無いね」
「ボケるつもりはないけど血も涙もあるわよ、ただ表面に出ないだけだわ」
「こうなったら子猫に決めてもらおうよ」
そう言って冬音は子猫を床に置いた。なるほど、子猫が行った人の所で飼って貰えばいいのか!でもな…色々親の事もあるし、それも踏まえて決めないとね。
「もし一回目に子猫が行った人の所で飼えなかったら第二回戦やるから」
「冬音、そんな事言ってもしかしたら行くのは冬音の所かもよ?」
「……第一回戦やるよー」
「聞こえないフリしてもダメだからね!?」
そして、チキチキ子猫が行くのは誰の所?第一回戦が始まった。…子猫、毛づくろいをする。それから二分くらい経ってやっと動き出して桜の所へと行った。
「桜さんで決まりだね!」
「偶然かもしれないわ?もう一回」
そして、第二回戦が始まった。結果は同じで桜の所へと子猫は行った。それから何度やっても子猫は桜の元へと向かう。
「仕方ないよ、腹をくくりな!」
「何故かしら?冬音ちゃんに言われると、とてもムカツク」
「まあまあ、桜。しょうがないよ、子猫が桜を選んだんだから」
渋々と言った様子で桜は子猫を抱き上げて鞄を取りに戻って行った。これで子猫の里親が無事に決まり、めでたしめでたし!すると、隣で冬音が涙目になりながら子猫を見送っていた。
「家を出る子供を見送る母親の心境が今、分かったよ」
「すごい短期間だったけど、あの子猫に愛着わいたんだ?」
さっきまで涙目だった冬音とは打って変わり、今度は腰に手を当てて冬音はあたしにこう言った。
「さーて!クレープでも食べにいきますか!春香の奢りで」
「またクレープ!?と言うかあたしが奢るの?そんなお金持ってないよ」
急ぎ足で教室へと戻る冬音をあたしは慌てて追いかけて、その後を秋達がついて来た。そういえば途中から秋たちの存在忘れてた!ごめんね。
クレープは勿論お金などないので奢るのを却下し、なんだか流れ的に秋が奢る方向になっていった。結局、あたしも秋に奢ってもらいました、ゴチです!!
ちなみに野良子猫の名前は毛並みから“ミケ”と名づけられた。