第三十五話 違和感
朝起きて自分の机の上を見てみると、兄からのブローチが置いてあった。サンタさんか!!と言うかブローチを貰う理由が分からない。
誕生日でもないし…あの人の事だから特に理由もないんだろう。それにしてもセンスはいいらしい、白いうさぎが可愛かった。
高校生が付けてても不自然じゃない大人っぽいものだし…。あたしはブローチを鞄に入れてリビングへと行ってみた。
「あれ?お母さん、兄は?」
「少し前、先に行ったわよ。なんか作るとか言って……」
「へぇー、そうなんだ?」
首を傾げながらも朝食を食べて、あたしは家を出た。歩いていると後ろから駆け足で冬音がやって来てあたしに抱きつく。
「おはよ」
「今日も朝から冬音は元気だね」
「これでもテンションは低めだよ」
(じゃあ、これ以上テンション高かったら…もしかしてもっと騒がしいの……?)
苦笑いを浮かべていると、いつになく嬉しそうな顔をして桜がやって来た。その事に気づいたのか冬音も振り返る。
「何か、今日の桜ご機嫌だね?」
「えっ!?そ、そんな事ないわよ!!」
「本当にー?」
ニヤニヤと笑いながらあたしが聞くと桜は顔を少しだけ赤くして、早足で学校へと行ってしまった。ちょっと、しつこかった?冬音と顔を見合わせて、あたし達も学校へと向かった。
教室に入ると、すぐに冠凪さんが教室のドア近くで立っているのに気づいた。冠凪さんもあたし達に気づいて手を振りながら此方へと歩いて来る。
「どうしたの?朝から…」
「春香さん…なんだか節中部長が変なんです…」
「兄が変?」
「はい、いつもは部室に朝から来たりしなかったのに今日は何故かいたんです」
そう言って冠凪さんは絶対変ですと呟きながら腕を組んだ。そういえば、あたしにも変だと思う事が二つあった。一つは兄についてで、いつもより早く学校へと行った事。二つ目は桜についてで、今日はやけにご機嫌だった。
兄が変な事に桜が関係してたりするのかな?と言うか、いつもと違う事をしたからって変とは言いきれないんじゃ……。兄といえば今朝、ブローチ貰ったんだっけ?あたしは鞄を探ってブローチを取り出し、制服のポケットに仕舞った。
「尾行する?」
冬音が何の気なしに突然そう言った。それがキッカケで冠凪さんがそうですよ!尾行ですよ、尾行!!と一人で張り切ってしまい、言い出しっぺの冬音と妹であるあたしが行かない訳にも行かなくなった。
冠凪さんが教室を出て行った後、すぐにあたしは隣に座っている冬音を睨んだ。冬音は逆に面白そうと言って嫌がっていなかった。嫌がってるのはあたしだけか!!
昼休みになり、兄の教室へと足を運んだ。もちろん、冬音や冠凪さんも一緒にね。そしてどこから聞きつけたのか桜までついて来た。
ポケットに手をやると、鞄から取り出したブローチがあった。それを見つめていると、隣から桜が覗き込む。
「あの人、もう渡したんだ…」
「え?桜、このブローチ知ってるの?」
「ええ、冠凪さんに用があったから……そうだわ。なんで昨日、部室にいなかったの!」
「わ…忘れてて…すみません」
シュンと首を竦めて冠凪さんは申し訳なさそうにしている。話が脱線してる!冠凪さんに用があったからの続きは!?あたしの代わりに冬音が聞く。
「それで続きは?」
「ん?ああ、そうだったわね。偶然会って妹に渡すブローチを作ってるって聞いたのよ」
「それだけ?」
いつになく強気で冬音は桜を問い質す。いつもと立場が真逆だ…、桜は冬音の視線から逃れるように顔を逸らした。
「そ、それだけよ」
「ふーん…?」
納得したのかしてないのか、冬音は腕を組んで首を傾げたまま桜から一歩退いた。まだ桜をジッと見つめているので納得してないみたい…。
「やっ約束はしたわよ?ブローチを作ってくれるって!」
「え?どうしてそうなったの?」
「いいじゃない、春香は頼まなくてもブローチ作ってもらえるんだもの」
「桜ー!あたしと会話して!」
遠い目をする桜の体をあたしは叫びながら揺すった。すると、冠凪さんが表情を固めてあたしの肩を人差し指で突く。
「何?どうし……」
振り向いたとき、あたしは自分達の目の前にいる人物を見て言葉を詰まらせた。尾行しようとしていた兄が何をしてるんだ?と言いたそうな目をして此方を見ていた。
「一体何して「ブローチ!ブローチが出来たか確かめに来ただけよ!」
「まだだけど「そう!ならまた明日来るわ!邪魔したわね」
桜は兄の言葉を二度遮って、言うだけ言ってあたし達の手を掴んで歩き出した。振り返ってみると、兄が呆然とした表情でこっちを見ている。
なんだか知らないけど、今日の桜が変だったし兄もいつもより落ち着きがあったような…。あたしはこの日の二人に違和感を覚えた…。
それからは、特に何事もなかったんだけど…そして家に帰ると兄のテンションが戻っていてうるさかった。結局、違和感は分からず仕舞いに一日が終わったのだった。