第十七話 勃発…二人の喧嘩 桜side
ある日、友達に言われた。どうして節野さんは春香なのに松永さんは松永さんなの?と…。自分でも何故かは分からない…。どうして春香は春香なのに松永さんは冬音じゃないのかしら?
そんな事を考えていると松永さんが目の前まで来て立ち止まった。私が今いるのは、屋上に繋がるいつもの階段の所だ。
「なんで私のいる場所が分かるの?」
「だってよくいるでしょ?階段付近に」
「え…ええ」
よくいるって言ってもサボる時とか暇な時とか、なんとなくとか……それだったらよくいるわね…と心の中で納得。
松永さんは少しの間、左右を見てから私の隣に座った。一体どうしたのかしら?用があるならハッキリと言う人なのに。
疑問に思った私は、首を傾げながらも松永さんに聞いてみる事にした。
「どうしたの?何か用かしら?」
「特に用はないんだけど…ちょっとね…」
苦笑い混じりにそう言うと「ごめん」と一言そう言ってから立ち上がって何処かへと歩いて行ってしまった。
松永さんの様子がおかしいと首をまた傾げて廊下を歩いていると、どうやら様子がおかしいのは松永さんだけではなかったようだ。
一組の教室を覗いてみると、いつもはツインテールで結ばれている髪を下ろして、誰も近づけないようなオーラを放っている春香を見てしまったからだ。
どうしたんだろう?松永さんだけじゃなくて春香まで様子がおかしいなんて。戸惑いながらも私は春香に声をかけた。
「あ…あの、どうしたの?いつもと違うじゃない」
「そう?そんな事ないけど」
……会話が終わった…。絶対おかしい…これはなんとしてでも松永さんに聞かないといけないわね…。そう思い、教室を出て松永さんが行った方へと歩いて行った。
松永さんを見つけた時、彼女は廊下の壁に寄りかかって座り込んでいた。私がいる事に気づかず溜息を何度も吐く。
「松永さん」
「……え?ああ、本井さんか…」
ホッとしたように安心した表情をしながら松永さんは、こちらを向いた。私は少しづつ近づいて松永さんの隣に座る。
「春香と喧嘩でもしたの?」
「なんで分かったの?…って言っても春香の様子見ればすぐに分かるよね」
「分かりやすいわよね」
二人で苦笑しながら、私は松永さんに聞いてみる事にした。
「それで喧嘩の原因は何なのかしら?」
「すごいつまらない事なんだけど…」
苦笑交じりに松永さんは春香との喧嘩が起こる原因の話をしてくれた。
「まず始めに春香の机の中からクッキーが見つかったんだけど…すごい見た目もいいし美味しそうだったんだけど…春香が「誰?こんな物をあたしの机に入れた女子は!」って怒鳴って」
「男子って可能性は考えないのね?」
「自分はモテないって思ってる鈍感な子だからね」
松永さんも一応モテるんだけど…女子に…。なんだかそう言ったら松永さんは喧嘩の原因を話すどころではなくなりそうなので黙っている事にした。
「それで私じゃないかって事になって…」
「松永さんな訳ないじゃない!そんな美味しそうなクッキーを松永さんが作るなんて、死んでも無理な事だわ」
「それ結構傷つく…」
松永さんは俯きながらそう言った。なにかしら…春香と喧嘩している松永さんを見てると…女子の涙に弱い、良く言えば優しい…悪く言えば、女の尻に敷かれるタイプの男子を思い出すわ。
「それにしても喧嘩にまでなるなんて…クッキーの中に何か入ってたの?…危ない物とか…」
「チョコだよ…」
「チョコ?」
予想外の答えに私はもう一度繰り返し言ってしまった。松永さんは溜息を吐いてから頷く。一体チョコでどうして喧嘩に発展するのかしら?
「春香はクッキーの中にチョコが入ってるのが大嫌いで…単品はいいけど合わせるのが嫌らしいよ?しかもクッキー限定で…」
「食べ物関連からの喧嘩なのね?それでどうするの?あの様子じゃ早々に仲直りなんて難しいと思うけど…」
「とりあえず全力は尽くすよ…」
溜息を吐いてから松永さんは教室へと戻って行った。私はそれを見送ってから三組へと歩いて行く。勿論双子に相談するため。
「どうしたらいいと思う?」
「どうもこうも…二人の問題だろ?俺達がとやかく言う事じゃない」
秋はあんまり相談相手としては不向きのよう。しかし夏騎君は違うでしょ?と期待を持った目で彼を見る。
「僕はとりあえず春香の言い分も聞いてみたらいいと思うよ」
「そんな事言っても…完全に春香が勘違いしてるんだもの…意味無いわよ」
「あの二人なら知らないうちに仲直りしてるだろ」
秋は無責任にそう言って机にうつ伏せ寝る体制に入った。そんな秋を見て夏騎君が申し訳なさそうに苦笑する。
もうこの二人…特に秋には絶対相談しない…。私はそう決意しながら三組を出た。すると廊下の隅の方で春香と松永さんの話し声が聞こえた。
「……あのさ…あの…その…ごめんなさい…勘違いしてたみたいで…怒ってる?」
「怒ってると言うか…落ち込んだ」
「うう…ごめん…でも改めて考えてみたら冬音がクッキーをあんなに美味しそうに作るなんて…死んでも無理だよね」
「同じ事を最近言われた…」
声からも松永さんが落ち込んでいるのが分かる。落ち込んでるけど本当の事だから仕方ないわよ…。とにかく仲直りしたみたいで良かったわ。
「でもどうして勘違いだって分かったの?」
「だって、冬音が…親友があたしの嫌いな物を入れる訳ないもの」
「春香……今更分かったの?遅すぎだよ」
「えへへ…ごめんね?」
春香が松永さんに抱きつき嬉しそうに笑う。喧嘩しなかったらこんなに仲がいいのね…なんだかちょっと羨ましい…。
そう思いながら私は静かにその場所を離れた。
次の日…松永さんがクッキーを作ってきて春香に食べるよう言っていたけど…私まで巻き込まれそうだったのでいつもの階段付近に逃げました。これは不可抗力よね?
続く*