第九話 料理とお菓子と睡眠と…
只今、家庭科の時間…のはずなのですが…。ちなみに作っているのはカップケーキ。
「春香…これ何?」
「作った本人も分からない物をあたしが分かる訳ないじゃない?」
「いや、だって聞かずにいられないでしょ?」
今、あたしと冬音の目の前には、黒と紫の混ざった、明らかに美味しく頂く事が出来ない物体があった。スプーンですくって見た感覚は、ゼリーとドロドロした物の中間辺り位。
そしてそんな物体を作り出したのが冬音だ。本人もこれ何?って聞いちゃうような得体の知れない物、作るなんてある意味才能だよ。
…あたしは、そんな才能欲しくないんだけど…冬音も欲しくなかっただろうな…。
「男子でも、もう少し原型は留めてるよ…」
「分かってる…もう言うな…何も言うな…」
「それでどうするの?捨てる訳にもいかないし」
家庭科の先生は、食べ物を粗末にするのが大嫌いで作った物には自己責任と言う先生だ。焦げてしまって食べられる所だけ食べて、焦げの部分だけを捨てるなら良し。
美味しくないし、第一健康に影響が出そう…。
「ち…チャレンジ…何事もチャレンジ…」
冬音がそう呟きながらスプーンに手を伸ばす。その冬音の手をあたしは必死で止める。
「もうその心意気だけで勇者だよ!だから止めて!命を無駄にしないでー!」
「じゃあどうしろって言うのさ?」
やや乱暴にスプーンから手を離す。あたしも冬音の手を離した。
「誰かに…あげてみるとか?」
「私、まだ刑務所には入りたくない」
「大丈夫!何事もチャレンジだよ!」
「人に迷惑かけるくらいなら私が………ちょっと待てよ…」
腕を組み、冬音はニヤリと笑った。これは…絶対秋に食べさせる気だ!この人、秋に容赦なしだもん!誰にも止められないよ!
「季野君達に食べさせよう」
「やっぱり…ん?」
あれ…?ちょっと待ってよ…?今「季野君達」って言った?「達」って言ったよね?まさか…二人共に食べさせる気か!ああ…毒牙が夏騎にまで及んでいる…。
「秋が食べて大丈夫だったら夏騎君にも食べさせる」
「毒見役なんだ…随分命がけな…」
「それに…秋には一番に食べて欲しいから…」
え…?もしかして…これは…。
「私がこの物体を無駄にしない為にも!先生、怒ると怖いからなー」
「だろうね」
少しでも秋に好感を持っているのかもと思ったあたしがバカだったよ…。
そんな訳で放課後。秋達にカップケーキを持って行く所です。丁寧にラッピングしたし、冬音のカップケーキは箱に入ってるし。さすがにラッピングして持って行くのに半透明の袋は…。
「秋、夏季?」
教室を覗いてみたけれど二人の姿は、なかった。もう放課後だからあたし達の教室の方に行ってしまったのかな?
「あら?節中さんに松永さん。どうしたの?」
「本井さん!秋と夏騎、知らない?」
「それなら一組で寝てたわよ?あまりにも可愛い寝顔だったからつい見惚れちゃってたの」
「ありがとう。じゃあね」
冬音が素っ気なく言って先を歩いて行く、あたしも慌てて着いて行った。冬音は、本井さんに好感を持ってないらしい。
あたしは、結構好感を持っている。積極的な所とか…魅力的な所?憧れてるんだよね、密かに。だから冬音には内緒なんだよね。
一組を覗くと秋が寝ていた。夏騎は、窓側の席で本を読んでいる。絵になるなーでもおしい!本が逆さまだ…。
「カップケーキ、家庭科の授業で作ったんだけどいる?」
「秋には?」
「いや…命の危機が去ってから渡すよ…」
その言葉に夏騎は首を傾げたけれど冬音の持っている箱を見て、悟ったらしい。
「じゃあ、起こす?」
「秋って寝起き良い方なの?」
「………」
夏騎が無言で目を逸らすって事は、余程悪いのか…。それを冬音に伝える前にもうこの人は…。
「起きろー」
そう言いつつ、二・三回腕をバシバシ叩く。あたしの見た限りではだから…見る前に何十回もかもしれない…。起きた秋の反応見れば分かる事だけど。
「…春香のカップケーキが今ここに……あっ起きた」
「松永…春香のカップケーキを…」
「これ食べたらあげるよ」
冬音は早速、箱を秋の目の前に置いて開ける。中から出てきた物体は、夏騎と秋を唖然とさせるほど奇妙な物だ。
「食べれば勇者って呼ぶけど、食べれなかったらヘタレって呼ぶから」
「命がけじゃないとそんな仕打ちか…」
「では、行ってみよー!」
いつになくテンションの高い冬音を遠巻きに見るあたしと夏騎。夏騎は、哀れそうに秋を眺めている。
「すごいテンション…」
「いつも負けてる仕返しをする絶好のチャンスだからね…」
その言葉にあたしは、ただ頷く事しか出来なかった。あれ食べれたら本当に勇者だわ…誰も食べようなんて思わないもん。
本人は食べようと頑張ってたけど、あたしが止めちゃったし…。もしかして止めなければ秋の命は助かった?
「なんだか大変な間違いをしてしまった気がする…」
「よく見ると美味しそうだね」
「夏騎…そう言うの無謀って言うんだよ?」
そんなあたしの言葉を聞いたのか聞いてないのか、夏騎は物体の近くまで行きスプーンを取って一口食べた…食べてしまった…。
「嘘ーーーーー!」
「ヘタレがさっさと食べないから…」
「俺の所為なのか!?もうヘタレって言ってるし」
「何?チキンの方がいいの?それとも、もやしっ子?」
また二人のいつもと同じ口喧嘩が始まった。いつもは特に気にしないけれど夏騎が物体を口にした途端に倒れてしまったので止める他ない。
「そんな事、言ってる場合じゃないでしょ!夏騎が…夏騎がー!」
「私の料理ってそんな破壊力があるのか…」
「自分で関心してる場合でもないでしょ!」
とりあえず夏騎の体を抱き起こしてみる。息はしているようで、一応生きているみたいだ。
「寝てるだけみたい…睡眠薬でも入ってたのかな?冬音、物体に何を入れたの?」
☆冬音のカップケーキレシピ☆ 注意...皆さんは絶対にマネをしないでください。
・バター ・砂糖 ・卵 ・小麦粉 ・ベーキングパウダー ・塩 ・コショウ ・りんごを摩り下ろした物 ・バナナ ・生クリーム ・唐辛子 ・シナモンシュガー ・パンの耳 ・サクランボ ・ニンジン
…をテキトーにミキサーへ少しづつ入れてオーブンで温めれば完成。
「睡眠薬なんて入れてないけど?」
「確かに睡眠薬は入ってないけど他の物入れてるよね…唐辛子とか何故入れる!ニンジンも何故入れる!」
「生クリームは普通、カップケーキだとトッピングに使う物だろ?」
「………」
冬音は、物体に目を向けると素手で掬って一口食べた。両手でいったので一口…と言っていいのかどうか…。
「美味しくない…けど不味くもない?と言うか味がない…」
「え?じゃあ、夏騎が倒れたのは?」
「松永さんのカップケーキ…の所為じゃなさそうね?」
そう言ったのは本井さんだった。いつから聞いていたのか腕を組んであたしを見下ろすように立っている。あたしが座ってるから当然、見下ろす形になる訳だけど…。
「睡眠不足ってとこかしらね?昨日、夜更かしでもしてたんじゃない?」
「あの…本井さん、いつから?」
「夏騎君が倒れた辺りからよ。松永さんのレシピは彼女以外使っちゃダメだわ」
物体を気まずそうに見ながら本井さんは、夏騎に視線を戻した。
「グッスリ眠っちゃってるみたいだし、秋がおんぶして家まで帰るしかなさそうね?」
「ハァ…。分かったよ」
二人分の鞄を持ち、秋は夏騎をおんぶした。それを本井さんが面白そうに見ている。
「夏騎をおんぶしたままじゃ、ゆっくりだと辛いよね?」
「悪いな。今日は夏騎を夜更かしさせないようにする」
そう言ってから急ぎ足に秋は、教室を出て行った。それにしても、冬音の物体が無害なのは驚きだ。
黒と紫が混ざったような色をして味がなく、そもそも黒や紫の物など入れていないのにあの色なのだから。
「あたし達も帰るとしますか?」
「そうだね」
「私も一緒にいい?」
「もちろん!」
この日、初めて本井さん…桜と一緒に帰った。話してみると意外に気さくで冬音の警戒心も少しだけ解けたようにあたしには見えた。
そして次の日、冬音が腹痛で学校を休んだのだけれど…なんとなく原因が分かっているのだった。
*続く*
今更ですが、よければ感想などいただけると嬉しいです。
感想があったりすると、もうその日一日イイ事がありそうな気になったり…。
ハッキリ言うと単純です(笑)
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