向こうの芝が青く見えるならば
隣の芝は青く見える。ならば――――
自然に囲まれて、自給自足の生活。
最初は苦しいこともあったけれど、慣れるとそれは癒しの塊、ストレスとは無縁の生活……
「……いいなぁ」
テレビに映る、田舎での生活を始めた夫婦の特集を見て呟いた。
テレビの先は、田舎、森林に囲まれて、きれいな空気
一方私の状況、都会、ビルに囲まれて、排ガスの空気
「……はぁ」
私も、あんな生活がしてみたい。
私には、ああいう生活の方があっているんだ。
「なるほど、これが属に言うあの言葉だな」
「?」
声が聞こえた。見るとテレビの横に人が立っていた。
赤やら青やら、目が痛くなるようなカラフルを筆で塗りたくったような服を来て、逆に白と黒だけの帽子を被っている。
「……ダレ?」
「貴女は知っているだろうか? 隣の芝は青く見えるという言葉を」
無視された。しかし、その言葉は知っている。
「確か……他人は良さそうに見える……よね?」
「そんな感じだ。その言葉が本当としたら、隣の芝は青く色づいている。ならばさながら、テレビの先は赤にでも彩られているのだろう」
「何が言いたいの?」
というかあなたは何者だ? どうやって鍵を内側から閉めた部屋の中に入ったんだ。
「どうやっても、隣の青い芝は手に入らないのだよ、その苗を手に入れて植えたところでその芝は緑だ。何故なら隣の芝は、青く見えるだけの緑の芝なのだからな」
「な……」
そんな、夢の無い正論を……
「……だが、赤々とした芝ならば、どうだ?」
「え?」
気付くとその人……多分、女の子は私の前にいた。
「今しがたのテレビ、あの夫婦もまた間近の緑よりも遠くの赤を望んだ者達、彼らのようになら、貴女でもなることは出来るのさ」
「あ……」
……そうだ。あの人達だって最初からあの生活だったんじゃない。
田舎に移り住んで、努力して、今のあの状況なんだ。
「チャンスは貴女にだってある……やってみたくはないかい?」
「……出来るの?」
「もちろんだとも、それを教えにも来たのだからね、にひひひひ、」
女の子は妙な声で笑った。
私は今の仕事を辞め、赤々と芝を求めて歩き出した。
新たな生活、それは癒しの塊で、ストレスとは無縁で……
……そうなりたくても、何故かなれなかった。
なぜ……? 私はただ、癒しを求めて都会と別れたのに。
ストレスを無縁にする為に田舎を訪れたのに。
なぜ……こちらの方がストレスを感じているの?
なぜ……なぜなの……?
なぜ私はナイフを持っているの?
ザクッ
「隣の芝は青く見える。さながらテレビの先は赤々とした芝……なるほど、確かに真っ赤だ。隣の芝を求めすぎて迷い行き当たった者が手に入れるのにちょうど良いのかもしれんな」
声が、聞こえる気が……
でも……反応出来ない……
だって……もう……
求めるだけ無駄なのさ。
人の人生はその人のもので、他人がよく見えるのは、自分とは違うからだ。
他人は他人でまた他人を好み見る。
他人が良いから見るのでは無い、他人が他人だから見るのだよ。
他人故に見てその自分とは違うと感じて他人が良いと思う。
だから、隣の芝は青く見える。
だからそれは見えるだけで。
青い芝も、ましてや赤い芝も無いのだからね。にひひひひ
自分と他人は違うもの。
なりたくてもなれないもの。つまり自分は自分で居て続けて他人を見る。
そんな気持ちを書いてみたものです。
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