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ガラスの靴を履いた猫好き令嬢

作者: 佐藤 桂
掲載日:2026/05/14

 リセ・クーデンベルクはクーデンベルク伯爵の一人娘だった。母譲りの蜂蜜を煮溶かしたような金髪をもち、瞳の色は緑で、整った顔立ちだがどこかのんびりとした印象をあたえる容姿をしている。

この春に母が他界したのだが、涙の乾く間もなく夏の初めには父もはやり病で亡くなってしまった。父の弟にあたるハイデン叔父が爵位をつぎ、リセもその叔父に引き取られた。叔父には娘が二人おり、リセは今年で17歳になるのだが、26歳と28歳の姉ができたのだった。叔父の妻ジョセフィンは派手好きで、二人の義姉たちも贅沢好きだったので、あっという間に伯爵家の財政は苦しくなった。叔父家族は暮らし始めの時からリセに冷たかったが、この頃からさらにリセに厳しくなり、使用人の数を減らした後は、家の仕事の多くをリセが担うようになったのだった。


 市場で買い物をした帰り、使用人のお仕着せを着たリセは、冬めいてきた小道を伯爵家に向けてとぼとぼとあるいていた。

 立派に行き遅れている姉が二人もできて、しかも自分のデビュタントの準備もできそうにない。自分はあの家で、使用人として生きていくのかと思うと気分が落ち込んだ。だが、家をでて平民として生きていくならば、自分の家事スキルがあれば案外悪くないのでは?とそこまで考え、うつむいていた顔をあげたとき、道の端の草むらに猫が丸くなっているのを見つけた。リセは大の猫好きなので、自然と足がそちらに向く。


「猫ちゃあん!」「ふふ、かわいい」「キジトラだわ!」と独り言をいいながら近づいて行ったが、猫の腕に傷があり、ぐったりしている様子にリセは慌てた。もう夕方で、病院は今から行っても締まっているだろう。リセは傷をハンカチで止血すると、猫を連れ帰って面倒をみることにした。


 叔母たちに見つかると厄介なので、家の裏口から入り、リセは「自分の部屋」として割り当てられた庭の小屋に帰ると、暖炉に火を入れて部屋を暖め、猫の傷の手当てをして体を拭いてやり、ひざ掛けをかけてから家事をしに屋敷に向かった。猫のことは心配だが、叔父家族の機嫌を損ねるわけにはいかなかった。「仕事が遅い」だの「もっと凝った料理が食べたい」などの嫌味や小言に耐え、深夜に小屋に戻ると、猫はずいぶんと穏やかに寝息を立てていたので、リセはほっと胸をなでおろし、自分も就寝したのだった。



 ぺしぺし、ぺしぺしっ

「?」

 ぺしぺし、ぺしぺしぺしっ

 何かやわらかいふわふわとしたものに顔を叩かれて、リセは目を覚ました。目に入ったのは昨日拾ったキジトラである。リセは体を起こすと、自分を叩いて起こした猫を抱きしめ、ほおずりして言った。「よかった、元気になっt」「おなかがすいた…」

 今の声は、と動きを止めたリセに、猫ははっきりとしゃべったのだった。「もとい、私は大魔女サーシャさまの使い魔、ジークだ。傷の手当、感謝する」


「昨日の残り物で悪いんだけど…」

「なに、かまわない」

 はぐはぐ、と皿から物を食べる愛らしい猫の姿をうっとりと眺めながら、リセはかいがいしくミルクを小皿に注ぐ。


 聞けば、最近この近くの「東の森」で悪さをする魔物たちがおり、その魔物の討伐をしに出掛けたのだが数が多く、けがを負わされてしまった。最後の1匹を追いかけたものの、追いつけず力尽きていたところをリセが見つけた、ということだった。

「それで?お前はここの使用人なのか?」

窓越しに見える立派な屋敷に目をやり、ジークが言った。

 リセが今年になってからの身の上話をすると、ジークは

「それは大変だったな…」と耳をぺしょりと寝かせ、リセを労わるように見た。

「よし、俺が大魔女様に言って、お前の身の上を何とかしてやる!安心しろ!そういえば、近々お城で舞踏会が開かれるな、お前が参加できるようにしてやろう」

「えっ」

「楽しみにまっていろ!」

 そう言って、すっかりご飯を食べ終えたキジトラは、呪文を唱え魔法陣を足元に出現させると、光に包まれ、あっという間に姿を消したのだった。




 その日は舞踏会の当日だった。ジークの言ったことを真に受けたわけではなかったが、リセはそわそわとしながらその日を迎えた。家事に追われながらも、なんとなく自分に何か非日常の世界が訪れるような期待を持ってしまっていた。だが、伯爵家の馬車で義姉たちが出かけていってはや1時間たっても、ジークが現れる気配もない。自分の小屋の前でリセはしゃがみ込み、夜空を見上げた。自分がとてもからっぽになった気がして、寂しさが込み上げて涙があふれそうになったとき、目の前に魔法陣が浮かび上がり、光とともに現れたのは、キジトラの猫だった。


「ジーク!」

「待たせたな、リセ!」

 リセは嬉しくなって、ジークをぎゅっと抱きしめた。次の瞬間には、リセは薄いブルーの豪奢なドレスを着ていた。髪は生花と小ぶりの宝石で飾られ、履き心地が良いのに見た目がクリスタルのように透き通った靴を履いていた。

「すごい!でも私どうやって城まで行けば…」

「俺がエスコートするから心配ないぞ」

 その言葉にジークのほうを見れば、そこには一人の男性がたっていた。

 髪はダークブラウンで、瞳の色は黒、背が高く、ダークブルーの礼服を着こなしていた。リセは人の形をとったジークを見て、自分でも信じられなかったが一目ぼれをした、と一瞬で自覚した。ジークと目が合うと頬に熱が集まり、胸の鼓動がどきどきとうるさい。ジークに手を取られ、地面に広がる魔法陣の中央に二人で立つと、瞬きをする間に城に着いていた。


 リセは城内のきらびやかな雰囲気に圧倒されてギクシャクとしながらも、ジークに誘われてダンスを楽しみ、軽食を取りながらジークと話をした。

 ジークの年齢は人間でいうと24歳くらいで、大魔女のところには子猫の時からいるとのことだった。


 会場がひときわざわめいたので二人が顔をむけると、ちょうどこの国の王太子が会場に現れたところだった。王太子は見目麗しく金髪碧眼で武に秀でており、令嬢たちの視線を一身に集めていた。そして婚約者候補をこの舞踏会で決めるつもりだと、もっぱらの噂だった。ついもの珍しさから見つめてしまっていたリセに王太子が気づき、目があった、と思ったら、王太子がリセたちのそばに歩み寄ってきた。

 リセはダンスを申し込まれ、王太子に手を取られ会場の中央へと連れられて行った。心細さにジークをみると、ジークはなぜか眉根を寄せて王太子をにらんでいる。

「リセ伯爵令嬢、あのこちらをにらんでいる連れの方はあなたの婚約者なのか?」

 王太子に問われ、リセは慌てた。そうだと言いたかったが嘘を言うわけにもいかないので否定すると、

「では、ダンスの後少しだけ時間をもらえるだろうか?」と続く。

 断れる身分ではないリセは、頷くしかなかった。



 王太子に誘われるまま、リセは会場からの明かりに照らされた夜の庭園へ出た。ベンチにでも座るのだろうかとリセが思っていると、急に強い力で腕をつかまれ、驚く。

「殿下っ?」

「お前…あの連れの男の何だ?言え!恋人か?あの男が何かしっているのか?」

 柔和な笑みをたたえていたはずの王太子の顔が一変し、リセを鋭くにらみつける。リセが驚きと恐怖で言葉がでず、泣き出しそうになったとき、ジークの声が響いた。

「リセをはなせ!!」

 光が一閃したと思ったら、王太子の体がリセから吹っ飛んでいた。

「大丈夫か、リセ!」

「ジークっ」

 騒ぎに気付いた衛兵たちもかけつけてきた。王太子がジークとリセを指して叫ぶ。

「あいつらをとらえろ!!」

 だが次の瞬間、ジークの放った光で王太子は拘束され、続く詠唱魔法に苦しみだしたと思ったら、角と尻尾が生え、蝙蝠のような羽が現れ、髪は漆黒に染まり、顔も整ってはいるが王太子とは別人になっていた。ジークが衛兵たちに 叫ぶ。

「俺は大魔女サーシャ様の使いジーク!こいつは東の森の討伐以来が出ていた魔物一味の生き残りで王太子に擬態していた!衛兵、本物の王太子が城のどこかにいるはずだから探してくれ!」


「リセ、つかまれたところが跡になってしまったな。遅くなってすまない」

「いいえ、大丈夫よ、助けてくれてありがとうジーク」

「華やかな場所でリセが楽しい時間を過ごせたらと思ったんだが、とんでもなかったな。しかも俺が森で取り逃がした魔物に出くわすなんて…」

「いいのよジーク、気にしないで。捕まえられてよかったわ。それに、私あの家をでるわ。もうあそこに私の居場所はないし…平民になったら、案外うまく暮らしていけると思うの、だから心配しないで」

「リセ…それなんだが」


 ジークはリセの前にひざまづき、リセの手を取る。

「リセ、会って間もないのにこんなことをいうと戸惑うだろうが、俺のところで暮らさないか。その、俺はリセのことが女性として好きだ。さっき王太子と踊るリセをみて、婚約者候補にされてしまったらと思うと気が気ではなかった。(それで見ていて魔物が擬態していることに気づけたたわけだが…)

 」

「ありがとう!うれしい!実は…私もジークの事が好きになっていたの。私あなたと暮らしたいわ!」


 こうして、リセ・クーデンベルクは幸せな結婚をしたのだった。











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