第三話
不幸というのは、ドミノ倒しのように連鎖するものらしい。
一つ倒れれば、あとは抗う術もなく、
積み上げてきた平穏が音を立てて崩れていく。
最初の訃報は、海を越えてやってきた。
実の母が死んだ。
異国の地で無差別に人を轢き殺す凄惨なテロに遭遇し、彼女は医者として、倒れた人々の手当てをしている最中に、トラックから降りてきた男たちに撃たれたのだという。
遺品として届けられた母の手帳には、私が幼い頃に二人で撮った色褪せた写真と、つい最近送ったばかりの私の成人式の写真が、大切そうに挟まれていた。
「ママ呼びは、私だけ」
あの約束を頑なに守り通した娘を、
彼女は遠い空の下でずっと、誇りに思ってくれていたのだろうか。
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葬儀のために日本と母のいた国を往復し、ようやく一息ついたのも束の間。
さらなる悪夢が私を襲った。
父とお母さんの、十五回目の結婚記念日の夜だった。
二人が食事の帰り道、横断歩道を渡っていたところを、
無免許運転の高校生が運転する車が撥ねた。
二人は、病院に運び込まれる間もなく即死だった。
「ひーちゃん、しっかりしなさい。貴女しかいないのよ」
親戚や病院関係者の声が、ひどく遠く聞こえる。
父が築き上げた病院の信用、そして立場。
葬儀には驚くほど多くの参列者が詰めかけた。
二十歳を少し過ぎたばかりの私は、喪主として、
押し寄せる黒い波をたった一人で受け止めなければならなかった。
泣いている暇も、絶望に浸る時間もなかった。
受付の段取り、僧侶への挨拶、参列者への応対。
皮肉なことに、ママの葬儀の際、父と一緒に走り回った経験が役に立ってしまっていた。
「お父様は立派な方でした」
「お母様もあんなに可愛らしくて……」
投げかけられる言葉の一つ一つが、私の心に冷たい棘となって刺さる。
そして、何よりも心が痛んだのは、この葬儀に「妹」がいないことだった。
結衣は、両親の死を知らされた衝撃で体調を急激に崩し、ICU(集中治療室)から出ることができなかった。
自分の親の葬儀にすら、彼女は立ち会うことが許されないのだ。
「……結衣」
火葬場で、骨になった両親を拾いながら、私は震える声で呟いた。
実の母は異国の地で散り、私を育ててくれた父とお母さんは一瞬で奪われた。
私を守ってくれる大きな背中は、もうこの世界のどこにもない。
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葬儀を終え、誰もいなくなった静まり返る自宅に戻ると、私は眠ることもできず、ただ結衣のいる病院の窓を見つめた。
あの子には、私しかいない。
あの子の世界に物語を運ぶのも、
あの子の手を握るのも、
あの子が「家」に帰ってくる日を待つのも、全部私だけの仕事になった。
「私が……私が結衣を守るから。お父さんも、お母さんも、ママも……見てて」
私は、実母の手帳から取り出したママの写真と、父たちの遺影の元になった写真を並べて、暗い部屋で誓った。
その決意は、希望というよりは、自分を縛り付ける鎖のような重みを持っていた。
これからは、私が結衣の屋根になり、壁になり、空気にならなければならない。
例えそのために、私自身の人生をすべて投げ打つことになったとしても。
病院の白い建物は、夜の闇の中で冷たく光っている。
そこには、私がまだ知らない父の残した希望があった。




