パンドラの匣
Part4 パンドラの匣
どのくらい凍りついていただろうか。
ふいに、中川さんがクスッと笑った。そして、堪えきれなくなったのか肩を震わせて笑い始めた。
「いやだ、冗談よ。そんなに怯えなくても取って食ったりしないから大丈夫・・・」
冗談、そうか、そうだよな、当たり前だ。
思わず、ふうーっと大きく息を吐き出す。それと同時に酸素が体に戻ってくるような感じがして、俺はようやく息苦しさから解放された。
それにしても怯えるって、そんな風に見えてたのか。それはそれでちょっと情けないような気もする。
「冗談キツすぎるよ。中川さんみたいな美人にこんなこと言われたら、男なんてバカだからすぐ本気にするぜ」
からかわれていたとわかって、抗議めいた口調になってしまったけど、正直ほっとした。万が一本気だったりしたら、どう対処したらいいかわからない。
「橘くんもおバカさんなの?」
「男ってみんなそんなもんだろ」
「ふうん、わたしにはずいぶんお利口に見えるけど」
どういう意味だ。どうも女の人の考えることはよくわからない。
「やっぱりやめておくわ、用事を思い出したから。じゃあ、また明日ね」
最後にもう一度、魅力的な微笑みを浮かべると、中川さんは去っていった。
用事を思い出した、か。たぶん、最初から俺と付き合う気なんかなかったんだろう。
どういうつもりなのか知らないけど、いずれにしても俺の手には負えそうにない。
何だかものすごく疲れた。用事は済んだし、もう帰ろう。俺はエスカレーターで一階へ向かった。
胸の奥がざらつくような、嫌な感じがする。でもそれはたぶん中川碧のせいじゃない。
胸の奥底にある、決して開けてはならないパンドラの匣。その厳重な封印が剥がれかかっている、そんな感じ。
気のせいだ、俺は頭を振った。
彼女に会いたい、心の底から思った。
その笑顔で、今の俺の不安を払拭してほしい。このなんともいえない嫌な感じから救ってほしい。
どうして傍にいてくれないんだ。
理不尽だってことはわかっている。彼女には彼女の世界がちゃんとあって、俺の都合のいいように物事が進むなんてことは決してない。
わかっている、けれど。
会いたい・・・。
蒼くんは、中川さんの言っているのとは違う意味でバカですね。




