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異世界転生・転移関係

異世界転生におけるごく普通の恋愛っぽい話

「結婚ねえ」

 言われて考えてしまう。

 確かにそれを考える時期に来てるだろう。

 年齢的にも収入的にも。



 異世界転生して19年。

 世界中にあらわれた迷宮に挑み始めて5年。

 大きな功績はないが、順調に迷宮で怪物を倒せるようになった。

 稼ぎはそれなりにある。

 レベルも順当の上がってきた。

 となれば、身を固めてもおかしくはない。



 このあたりは現代日本もナーロッパ的異世界でも同じだ。

 家族が養えるだけの稼ぎがあるなら結婚を考えるのが常識。

 そして、そこまでの稼ぎを得られる者は少ない。

 強者や勝者でなければ成果は得られない。

 そんな弱肉強食のジャングルの掟も、この異世界では有効だった。



 ある意味、日本より厳しいかもしれない。

 高級官僚、せめて公務員になるか。

 大手企業に入りこむか。

 これくらいでないと結婚が難しかった日本。

 だが、勤め先の幅があるだけまだマシではある。



 異世界では親の家業を継ぐのが就職の全てだ。

 それが出来なければ寝床と飯だけ与えられて無給だ働くしかない。

 そんな人間が結婚出来るわけもない。



 ただ、このナーロッパ的異世界はまだ選択肢がある。

 迷宮に挑む探索者だ。



 身分が固定された異世界。

 ここにおいてどんな出自・出身であろうとなれる仕事。

 それは迷宮に入り怪物と戦う探索者しかない。

 ここでは完全に自由競争の原理が働いている。



 どのように行動するのかも自由。

 どれだけ頑張るのかも自由。

 上手く稼ぎを得られればいくらでも儲ける事が出来る。

 しくじれば命を喪うか再起不能の怪我を負って脱落する。

 王侯貴族であっても、豪商・豪農であってもだ。



 迷宮の怪物は人間社会の身分など考慮しない。

 全てに等しく襲いかかってくる。

 そんな迷宮だから、誰もが等しく成り上がれる可能性をもっている。

 誰もが等しくくたばる可能性と隣り合わせで。



 転生者はそんな迷宮で5年間生き残ってきた。

 それだけでも十分に凄い事である。

 たいていの探索者は迷宮に入った初日に死ぬ。

 そこを超えても、稼ぎもないまま過ごして野垂れ死ぬ。

 戦い方など知らない、そもそもとして教養がないからだ。

 土台となる知識や情報がないから、どうやって動けば良いのか分からない。



 だが、転生者には前世があった。

 そこで見聞きした様々な知識や情報があった。

 ゲーム程度だが、作戦や戦い方、身の振り方などを考える事があった。

 それらが転生してきた異世界で役立っている。



 無理をしない、無茶をしない、正面切って戦わない。

 余裕のあるうちに帰る。

 地道にレベルを上げていく。

 挑戦は強くなってから。

 ────こんな事をくり返し、とにかく生き残る事を優先した。



 そのおかげで転生者は長く活動を続ける事が出来た。

 レベルを上げる事が出来た。

 人を集めて探索団を作ることが出来た。

 今では数十人の仲間を率いる団長だ。

 当然、稼ぎはそれなりにある。



 女だってそんな転生者に目を向ける。

 ただの平民庶民、社会の下っ端からの成り上がり。

 立身出世の代名詞的な存在なのだ。

 機会があれば近づきたい、お付き合いしたいと思うもの。



 それに転生者は態度が良い。

 たいていの探索者はガサツで乱暴。

 不良やヤクザと紙一重な連中ばかりだ。

 そんな荒くれだから戦闘で生き残れるのだろうが。



 だが転生者は違う。

 前世のおかげでそれなりの節度を守ってる。

 乱暴狼藉とはほど遠い生き方をしている。

 それだけで人気が上がるというもの。



 見た目はほどほど、平凡と言ってもよい。

 だが、それなら性格や中身が評価対象になる。

 この点で転生者は他より頭一つ以上抜けていた。



 転生者としては日本基準の丁寧さで活動しているだけでしかない。

 しかし、それは異世界における紳士淑女のたしなみ水準になっている。

 悪さはしないし許さない。

 人には丁寧に接し、尊重を忘れない。

 人気が出るのは当然だ。



 そんな転生者だから、そろそろ結婚したらどうかなどと言われてる。

 当の本人は、「どうすっかな」と悩んでいるが。



 なにせ言い寄る女はそれなりにいる。

 女を紹介しようという者も。

 だが、こういうのがいるから余計に慎重になる。



 自分から近づいてくる女は、玉の輿狙いがはっきりしてる。

 成り上がってる有力者に取り入ろうという本音が見える。

 たとえ美人であってもそんなのはお断りだ。

 結婚したら転生者の稼ぎを使って贅沢しようとするだろう。



 女を紹介しようという者達もだ。

 これらは転生者の周囲にいる有力者に多いのだが。

 大半が転生者を取り込もうとしている。

 貴族に商人に職人にその他諸々。

 身内に取り入れて駒として使おうという意図がありありと見える。

 そんな面倒に付き合う気はない。



 さりとて独り身を貫くのも難しい。

 結婚しないなら嫁の売り込みをかけてくる者はなくならない。

 自薦してくる女から、推薦してくる有力者まで。

 途切れる事無く押しかけるこれらを撥ねのけるのも面倒だ。

「いっそ、結婚するか?」

 その方が面倒を無くす事が出来る。



 もちろん、側室とか第二夫人、愛人におさまろうという者は出て来るだろう。

 だが、一番面倒な本妻がいればこれらを排除する理由は出来る。

「俺にはこいつがいるから」と。



 その為だけに結婚するのもどうかという事だが。

 よい相手がいるならいっそ結婚してしまおうと考えてしまう。

 それくらい鬱陶しいのだ。

「好きです!」と迫ってくる玉の輿目当ての女共が。

「我が娘を!」などと見合いをもってくる有力者共が。



「どうしたらいいんだか」

「それを私に言われても」

 転生者の愚痴を聞いていた相手は肩をすくめる。

「どうにかしなくちゃならないのは兄ちゃんなんだし」

 しごく真っ当な理由が添えられる。



 転生者を兄ちゃんと呼ぶ娘。

 本当の妹というわけではない。

 同郷の幼なじみで、転生者と同じ冷や飯食いの立場だった。

 そんなわけで、他の似た境遇の連中と一緒に引き取った。

 迷宮に挑む探索者仲間として。



 もちろん、女なので荒事を担当するわけではなく。

 迷宮内での食事や寝床の担当となっている。

 広大な迷宮の探索は一日や二日で終わるものではない。

 奥深くまで挑むとなれば、一週間や二週間は潜り続ける事になる。

 そうなれば、食事に寝床なども用意せねばならない。

 必然的に、専門の担当者が必要になる。



 幼なじみの娘はこれらを担当していた。

 二年ほど前につれてきて、今では立派なまかない担当だ。

 彼女の作る料理が探索中における楽しみの一つになってるくらいには。



 そんな彼女になぜか転生者は愚痴をこぼしていた。

 誰かに聞いてもらいたかったのだ。

 それも、出来るだけ口の硬い者に。

 噂話をまき散らすような人間に重要な事は話せない。

 その点で幼なじみの娘は適任だった。

 お喋りは好きだが、迂闊なことは口にしないでいる。



「それで、どうすんの?」

 そんな幼なじみの厨房担当者から問われる。

「どうすりゃいいかな」

 答えが出ない転生者はため息をこぼす

「でも、このままじゃ兄ちゃんのところに押しかけるのは消えないわけだし」

「そうなんだよな」

 本当にどうすりゃいいんだと思ってしまう。



「結局、相手がいないから面倒になってるんでしょ」

「まあねえ……」

 痛いところを突かれる。

 確かにその通りではあるのだが。



 転生者に相手がいれば売り込みに来る連中は消える。

 少なくとも大幅に減少するだろう。

 ようは独身というのが最大の問題なのだ。

「いないの、恋人とか?」

 グサリ、と胸にささる言葉が転生者に突き刺さる。



「いたらこんな苦労しないって」

 心からの本音である。

 前世もそうだったが、異世界でも転生者は恋人・彼女などがいない。

 ウダツが上がらなかった前世は、甲斐性の無さ故に。

 成り上がった今は、下手に誰かと付き合うと身の破滅になるから。



 確かにそれなりの人数が今はよってきてる。

 選択肢の数だけは多い。

 だが、数が多くてもその中に最善の答えがあるわけではない。

 外れクジしかないのに、そこから選ぶ必要はない。



「まともな奴がいれば、俺だってそいつを選ぶよ」

 転生者の偽らざる本音である。

 それを聞いた娘は、

「なに贅沢言ってんだから」

と呆れる。



 贅沢と言わればそうなのかもしれない。

 しかし、ここで妥協したり諦めるわけにはいかなかった。

 交際相手や結婚相手のせいで破滅したという話は前世でも聞いた。

 なので、どうしても慎重になってしまう。



 だったらと考える。

 見た目はこのさい普通でいい。

 ものすごい美人だとか、そんなのはいらない。

 ただ、気立てのよい女がいてくれればと思う。

 欲にかられず、下手に口出しせず。

 生活を支えてくれるような人間であればと。



 そんな女がいないから困ってるのである。

 どこかにいてくれれば何も問題はないのだ。



 そこまで考えて転生者は目の前にいる娘を見る。

 見た目はほどほど。

 もの凄い美人ではないけど、愛嬌はある。

 可愛らしいといえる。

 性格も豪勢でも豪奢でもなく、朴訥な温和さをもってる。

 そして仕事はしっかりこなし、迷宮内での料理や寝床の準備はしっかりこなしてくれる。

 提案や足りない事はしっかり言ってくるが、無理して通そうとはしない。

 よほど必要なものでない限りは。



「…………」

 じーっ、と幼なじみの娘を見る。

 考えてみれば、求める条件を全て揃えてる。

 近くに居すぎてそういう対象として見てなかったが。

 あらためて考えると、申し分の無い良物件だ。



「なに?」

 そんな転生者の視線に娘は首をかしげ。

「なるほど」

 転生者は納得をした。

 誰が自分の求めてる人材なのかを。

「付き合ってくれ」

 気付くと娘の手を握ってそんな事を言っていた。



「え、え、え、え、え?」

「付き合ってくれ」

「えっと、なにそれ?」

「付き合ってくれ、俺と」

 慌てる娘に転生者は同じ言葉をかけ続ける。



「よく考えてみれば、お前がいた」

「なにが?!」

「見た目も性格もいい女が」

「どうしたの?!」

「気心知れてて、変に見栄もはらないし」

「落ち着いて!」

「なんで気付かなかったんだか」

「だ! か! ら!」



 炊事担当の娘を無視して転生者は続ける。

 今まで意識してなかったから全くどうとも思わなかったが。

 よい仲間とは思っていたが、それだけであった。

 まあ、子供の頃から「兄ちゃん」と慕ってくれてたので悪い印象はない。

 むしろ、良い子だなあ、と長閑に思っていた。



 しかし。

 見る目が変わった。

 かなり好条件を揃えてる女だ。

 あばたもエクボではないが、今まで気にしなかった事がよく見えてくる。



「お前みたいないい女が近くにいたなんて。

 気付かなかった俺はどうかしてる」

「本当にどうかしてるよ!」

 いきなり態度を変えてきた転生者に、娘は大声をだす。

 そりゃそうだろう。

 いきなり「付き合ってくれ」などと言われれば。



 急変、激変、豹変。

 あまりの変わりように娘でなくても驚くだろう。

 言われてる当事者となれば、驚愕は衝撃になる。

「なにがあったの!」

 問うのも当然。

「真実の愛に目覚めた」

 馬鹿な事を言われて目が回る。

 なお、言ってる転生者は正気も正気。

 これ以上ないくらい本気である。

 だからこそ質が悪いともいう。



「見た事も聞いた事もない女よりよく知ってるし」

 なんだかんだでそういう間柄だ。

 裏も表も見てきた。

 いうほど表裏があるわけでもないが。

 腹の底をかんぐらないで済む相手というのは貴重である。



「お前が他に好きな奴がいるとかならともかく。

 そうでないなら問題ない」

「なんの?! なんの問題?!」

「横取りとか、寝取りとかNTR(寝取られ)とかBSS(ボクが先に好きだったのに)とか」

 さすがにそういう事をするのは気が引けた。



 もっとも、娘への片思いだったらともかくとも思う。

 先に声をかけた自分に優先権があってしかるべきだと。

 片思い中の誰かには申し訳ないとも思うが。

 だからといって転生者は目の前の娘を放棄するつもりはなかった。

 転生者にとっても今後の幸せとか人生の生きがいとかがかかってる。

 できれば独身生活に終わりを告げ、幸せな共同生活に突入したい。

 前世から続く独り身の寂しさにはうんざりしてるのだから。



「頼む、俺と付き合ってくれ。

 それが駄目なら結婚してくれ」

「結婚の方が大きくない?!」

「気にするな、ささいな事だ」

「ちっともそうじゃいよね!」

「なーに、心と体と人生を俺にくれればいいだけだ」

「もの凄く重大なんですけど!」



 娘からすれば必死である。

 このままではノリと勢いと欲望だけで人生が決められてしまう。

 目の前の幼なじみのせいで。



 とはいえ、娘も悪い事ではないとは思ってる。

 子供の頃から一緒だった相手で、自分を村の最底辺から救ってくれた人。

 探索者の中での出世頭であり、手堅く健全な経営をしてる有力な若手。

 見た目は平凡だが、不細工ではない。

 欠点らしい欠点はとりあえずない。

 むしろ、今後の展望が期待できる有力株だ。

 女としての打算が働いていく。



 とはいえ、である。

 だからといって突然の告白、求愛、結婚の申し出。

 こんな事をされればさすがに混乱する、気が動転する。

 そもそも、今までそんな素振りすらなかったのだ。

 それが急に「付き合ってくれ」と言われて「はい、分かりました」とはいえない。



 どんな思惑があるのか分からない。

 最悪、体だけ求められるのかもしれない。

 それくらいの危機感は娘も持っていた。

 村の中の小さな世界だけでなく、迷宮前の都市で様々な人々を見てきた。

 そして女特有の井戸端会議やおばさん放送局による情報も入ってくる。

 身を持ち崩した女の哀れさだって聞き及んでる。



 それを知れば返事を即答出来るわけがない。

 本気で言ってるなら良いのだが。

 それを確かめねば安心して身を委ねる事は出来ない。



 なお、探索者という危険が隣り合わせの仕事なのは、この際どうでも良い。

 他に食っていく道など無いのだ。

 危険は承知で受け入れるしかない。

 炊事担当者としてそれくらいの覚悟は娘も持ってる。



「……とりあえず」

「おう」

「手は離してくれないかな」

「いやだ」

 即答である。

「お前が嫁に来てくれるならかまわんが」

「話が飛びすぎ!」

 こんな調子の問答はこの後もしばらく続いた。



 そんな二人はその後もドタバタ劇を繰り広げていく。

 回りの連中は、

「ようやくか」

「回りくどい」

「長かったな」

「あれであの二人、付き合ってないっていうんだからな」

と呆れるやら安堵するやらである。



 そして、ほどほどに夫婦漫才を繰り広げてから。

 目出度く正真正銘の夫婦になっていった。

 最後には娘の方が猛攻に折れる形で。



「やったぜ」

 とは娘を嫁にした転生者の談である。



「まったく」

 とため息を吐いてるのは、嫁入り回避を諦めた娘のぼやきである。



 そんな二人は結婚しても特に関係がかわる事無く。

 今までと変わらない接し方を続けていった。

 付き合いが長いから、接し方が変わる事もない。

 周りの者から言わせれば、

「夫婦みたいなのが、夫婦になっただけ」

となる。



 そんな夫婦の悩みは、

「迷宮にこもりっきりだと、子供を作る暇が無い」

「…………」

 妻となった娘は無言で転生者の頬をつねる。

 おおむねこれが一番の問題だった。

 ある意味、最大の問題であるが。



 それでも夫婦仲はそれなりによく。

 そのおかげか、三人の子供に恵まれる事になる。

「いつ作ったんだ?」

 まわりの者達が不思議がる事になる。



 そんな二人は順当に人生を続けていき。

 大きな名声も功績もないが、破産するような失敗もなく。

 共に人生を歩んでいった。



 めでたしめでたし…………たぶん。




【あとがき】


 王子様とかハンサムとか天才とか英雄とか勇者とか。

 お姫様とかご令嬢とか美人美女とか才媛とか有力者の娘とか。


 そんな連中の恋愛が目に付く気がする。

 なんで男女ともに金髪碧眼の美男美女ばっかりなんだろ?


 それも地位も名誉も財産も持ってる上流社会の。

 そうでない話もあるんだろうけど。





 などと思ったので、こんな話をこさえてみた。

 一般庶民のとくに大きな出世はしてない人達の。

 劇的でもなんでもないお話ということで。

 まあ、本当に底辺というわけでもないけど。



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