勤め先はどんな場所?
そして翌日。
「それでは、行ってまいります」
「健闘を祈っとるよ」
村長に見送られて、私は教えられた通り森へ向かって歩き出した。
しかし初めて来た村だというのに、道を教えたら後は自分一人で行けというのも、なんだか不思議な話だ。
一本道で迷わないから、という理由だったけど……。
「普通はこれだけ長い道だと、狼とか熊が出そう。馬車の人達もそう言ってたし……」
乗合馬車で色々な人と会話をがんばった結果、この世界での田舎での生活の知識も多少は手に入れた。どこでも、魔物が出ない場合は害獣が出やすいとか、そういう問題があるらしい。
田舎にある村の周囲は、定期的に村人が見回っても、やっぱり狼などは入り込んでしまう。だから気をつけないといけないと聞いていた。
ただ害獣である狼などは、魔術師がいなくても対処できる相手ではあるので、魔物よりはマシだとか。
「でも毎日通わせるつもりなら、このあたりに害獣はいないのかしら」
そのわりに、村長は見送る時にちょっと怯えていた。
まさかとは思うけれど、幽霊なんかが出るような場所?
もしくは魔術師が関わっているのだから、誰もが近づかないようにおかしな話を広めていて、村長がそれを信じているのかもしれない。
「うん、それが一番ありそうだわ。それにしても……メイドがいない時期はどうしているのかしら」
昨日は疲れ切っていてよく聞いていなかったのだけど、誰か村の人が代わりにお世話に行っているわけではないらしい。
そもそも、メイドなら村の人間を採用したらいいのに、なぜそうしないんだろう。村人は全員、家主に嫌われてしまったんだろうか?
「欠員補充程度で、そんなに困っていないのかもしれない……とか?」
まぁ、行けばわかるだろう。
軽く考えていた私は、道の先に妙なものを見つける。
「え、お館……ってこれ?」
館というからにはこう、木造に白漆喰の三階建てぐらいの大きな家を想像していた。
部屋数は少なくとも三十はあって、メイドが十数人は働いているような館だ。そういう場所はたいてい住み込みなのだけど、臨時で人を雇いたいだけなら、通いもありかと思っていたのだ。
「館というより、これだと砦では?」
灰色の石を積み上げた、武骨な外観の壁が目の前にそびえていた。
矢間がある作りからして、砦だと思う。
規模は大きくない……のだろうか。王宮の本宮部分ぐらいの大きさがあるのだけど。
「砦だから、召使いを住み込みさせられなかったのかしら? それも変よね」
砦は住環境がよろしくない。
石造りの建物は、冬になると暖炉の火でもなかなか温まらず寒すぎるため、住めたものではないのだ。
だから石の城を所有する貴族は、中や近くに木造の館を建てて暮らす。
そうでもしないと風邪をひいてしまうし、こじらせて死んでしまっては元も子もない。
一度病気にかかると大変だ。
魔術で体力だけは回復させられるけれど、風邪薬は薬草を煎じた物しかないので。
「そもそも、村から離れた場所に住むってどうしてかしら。やっぱり魔術師協会が、なにか研究のための施設を作ったのかもしれないわ」
砦のように頑丈そうな場所じゃなければできない魔法の実験でもしているんだろう。
そんなことを考えつつ、私は砦の中へ入ることにした。
砦は、中庭と、それを囲むように作られた石造りの壁兼住居場所という構造をしていることが多い。
そして砦の主は主塔に居住する。
主塔は砦の奥側に作られる塔で、砦の主の住居と物見の塔の役割をも持つ。
「ということは、主塔に挨拶に行けばいいのかしら?」
とりあえず砦の門を開けてほしいが、自分で開けられるだろうか?
木で作られてはいるけど、貴族令嬢育ちの自分の腕力で開けられる自信がない……と思ったら、端っこに通用口みたいな小さな扉を見つけた。
「ここからおじゃましましょ……」
最後の「う」という言葉は、私の喉の奥で消えた。
扉を開けた先に見えた物が、予想外すぎて。
それは、大きな卵だった。
真っ白な卵は殻が薄い。だから中が透かし見えてしまう。
卵の中で丸まるように眠っているのは、竜。
白い色は雪のよう。うろこのように重なり合う。
白い体の合間に見えるのは、氷の洞窟の中のような、薄青の皮膜、角。
口には鋭い牙が並んでいた。
それをじっと見つめ、頭で実在していることが認識できてようやく、私はため息をつくかのようにつぶやいた。
「竜……?」