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きっかけ

 王宮の磨かれた大理石の廊下を歩きはじめると、溜まっていたため息がもれた。


「疲れたわ」


 もはや、日々すごしているだけで疲労感がある。その上、最近はよくわからない草が生える現象まで現れて。


「もう何もかも捨ててしまいたいわ。ただ穏やかに暮らせたらいいのに」


 そんなことを思うたびに想像するのは、伯爵家に迎えられる前、亡き母と過ごした平民らしい家でのことだ。

 愛情に満たされた生活。

 もう一度、それを手に入れられたら、と思うのだ。


 自分に無償の愛をくれる人。

 好きだと思った人が、自分を守ってくれる未来。

 それらに恵まれなくても、周囲が手を差し伸べて勇気づけてくれる世界を。


 今からでも家を飛び出して、豪華なドレスを着ていた私だとは思えないほど、目立たない服を着てさびれた村で暮らせないだろうか。

 田舎なら、草が生えてしまうようなへんてこな魔法でも、畑の中に生やさなければ目立たないだろう。


 考えると、少し楽しくなる。

 けれどそれを打ち消す声が響いた。


「早々に退出して、何をたくらんでいる」


 振り返ると、少し離れた場所に黒髪の美丈夫といっていい容姿の青年がいた。

 ――婚約者のオルフェ王子だ。


 私は顔をしかめる。

 早々にパーティーを抜け出して帰っても、問題ないはず。なにせとりあえず出席だけしておけば、王子が婚約者と一緒にその空間にいたという名目は果たせた。

 むしろ、なぜすぐに婚約破棄をしないのかわからないぐらいだ。

 堂々とメイドとダンスをしていたのだから、私など用済みだと思っているはずなのに。


「その先にあるのは、王妃宮だ。まだお前は用がないはずだが」


 オルフェ王子は私をにらんでそう言うが、王妃宮になど用事がない。

 ただ行こうとしていた方向が、ちょっと間違っていたかもしれないと思ったとろで、ハッとした。


 今回のパーティーにも同伴していた金髪のメイドが、今王子の側にはいない。

 メイドが自室で華麗なドレスを一人で脱ぐことなどできないので、王妃宮の王子の母のメイドに着つけや着替えを依頼していて、そちらへ戻ったのではないだろうか。


 で、同じ方向へ向かおうとした私を、メイドをいじめるか折檻するためでは? と疑ったのだろう。

 眉を吊り上げた王子は、私を指さして決めつけた。


「婚約者の座は与えただろう。それだけで満足していればいいものを……。お前はいつだってそうだ。俺の指示には決して従わない。反抗的な態度ばかりとるあげくに、また誰かを憂さ晴らしに傷つけようとしているんだろう」


(あなたじゃあるまいし)


 私は心のなかでため息をつく。

 オルフェ王子は、幼少時に私を憂さ晴らしで傷つけてきた。

 大人のいないところで文句を言い、少しでも反論しようものなら突き飛ばして転ばせたり、池に落とされたこともあった。


「あら、道を間違えていたようですね。教えていただいてありがとうございます。では」


 私は王子と会話をしても無駄だと思い、反対方向へ歩き出そうとした。


「まて、話はまだ終わっていない!」


 手首を掴まれた。

 私はむっとして、王子に手を掴まれたせいで転んだことにして、倒れてしまおうか。

 と思った時だった。


 ドン、とオルフェ王子の背後からぶつかった人がいた。

 バサバサと舞う、紙の束。

 衝撃で王子の手が離れたけれど、私はその場に座り込んでしまった。


「あ、申し訳ない」


 ぶつかった当人は軽くそう詫びて、散らばった紙を集め始めようとして――近くで突き飛ばされるように尻餅をついた王子に気づいた。


「おや王子殿下ではありませんか。ご婚約者様と仲良くお話をしている邪魔をして申し訳ございません」


 結った長い銀の髪を揺らすその人は、オルフェ王子にお辞儀した。


 でも彼の視線は鋭い。だから優しい表情なのに違う印象を受けてしまう。

(……宝石で彩られた剣のような人)

 美しく優雅なのに、その内側に鋭さを感じる。


 彼は私や王子より数歳上だと思う。

 そして藍色のローブを羽織っている。そのローブの上側には、横に連なる模様が金色で刺繍されていた。

 この珍しいローブを着ているのは――協会に所属する魔術師だ。


 魔術師協会は独立した組織で、王家も彼らを尊重するほどの勢力を持っている。


「な、なんでもない!」


 オルフェ王子はそう言い捨てて立ち去った。

 私はほっとしつつ、その場に座り込む。

 どっと疲れてしまったせいなのか、立ち上がる気力が湧かなかったし、足もなんだか力が入らない。

 このまま大人しくして、治ったら立ち去ろうと思う。


 魔術師も、私がもう一度立ち上がれる頃にはどこかへ行ってしまうはずだ。

 誰もが嫌う悪女なんて関わりたくないでしょうから。

 だから、驚いた。


「大丈夫ですか」


 彼はひざをつき、私を抱えるようにして、背中を支えてくれたのだ。


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