選択肢があるのに無かったんだが
どうやら私は死んだらしい。
らしい、というのはおかしいかもしれないが、死んだ時の事を全く覚えていないので仕方が無いのだ。
しかし死んだのには間違い無い。
「次の死者の方、4番窓口にお越し下さい」
何処か機械的なアナウンスに従い、4と書かれた窓口へと向かう。
そう、ここはあの世なのだ。想像とは全く違ってなんか職業紹介所っぽい。もしくはお役所。
歩きがてら、死装束を纏って青白い顔をした、如何にも死人でございといった顔色の死者達がパイプ椅子に座っているのをチラリと横目で観察する。
死んでいるのだから当然といえば当然なのだが、皆辛気臭い顔をして項垂れている。
コミュ強の死者は隣に座っている死者とこれからどうなるのか囁きあっていたりもしたが、基本的には皆黙り込んでいるようだ。
まぁ、窓口に目を向ければ唾を飛ばして何やら怒鳴り散らしているような死者もいたが。
「お名前と享年をどうぞ」
4番窓口にたどり着くと、スーツを着て眼鏡を掛けた小太りの中年男性が、手元の紙束をチラ見しながら極めて事務的に話し掛けてきた。
あの世の職員だろうか。どう見ても草臥れたおじさんにしか見えないが。
ますますお役所っぽいな、などと思いながら口を開く。
「佐久良美桜です。今年で28になる筈ですが、死んだ時の記憶がありませんので、本当にその歳で死んだのか自信がありません」
「はい、それで結構です。よくある事ですので。この度はお悔やみ申し上げます」
「はぁ…」
至極どうでも良さそうに言われて、微妙な気持ちになる。
何千回何万回もやり取りして作業的に言われているのが丸分かりの言葉だ。
一ミリも私が死んだことを悔やんでいないだろう初対面の人間…まぁ実際人間かどうかは知らないが…に告げられてもどういう顔をすれば良いのかわからない。
「佐久良様の今後ですが、3つの選択肢が御座います」
「3つもですか」
「死者の方としては基本的な進路となっております」
下に穴の空いた透明な卓上パーテーション越しに資料が手渡される。
ホッチキスで左上がとめられている3枚のA4紙。
挿絵も色も大して付いていない素っ気無い奴だ。
「まずはお手元の資料の一枚目をご覧下さい。私共が一番お勧めさせて頂いておりますコースになりますが、冥府にて次の転生を待って頂くコースとなります」
「地獄か天国かっていうアレですか?」
「下界ではそう称される事もありますね」
あるのか、地獄と天国。
眉唾かと思っていたが実際あるものなんだなぁ…。
そうなってくると気になるのは私がどちらに行く事になるかだ。
天国に行ける程良い事をした覚えは無いが、地獄に堕とされる程悪い事をした覚えも無い。
至って普通の人生を送ってきたつもりだが、どうだろう。
「佐久良様に関しましては生前に住まわれていた日本の法律に基づいて審判が下されております。結論と致しましては、下界で裁かれなかった細やかな悪行の精算が残っております。するべき事をしなかったとか、しない方が良い事をしたとかですね」
「と、言う事は地獄行きですか」
「いえ、そこまででは。ご家族やご友人に冥福を祈られておりますし、死を悼まれておられますのでその辺りで帳消しといったところですね」
「なら天国ですか」
「の、下層ですね。生前とそこまで変わらない生活が出来ると思いますよ」
天国に上層とか下層とかあるんだ…。
いやまぁ、地獄にも種類があるって生前聞いた事あるし天国もそうなんだろうな。
「続きまして、二枚目をご覧下さい。こちらのコースは下界へ戻られて幽霊になるというコースになっております」
「幽霊になるって選択制なんですか」
「ええ、まぁ。あまりお勧めはしていませんが」
資料にザッと目を通すと、勧められない理由は何となく察せられた。ホラー系のお約束一覧みたいな感じだったので。
私は特に誰かに怨み辛みを持って死んだ訳では無いので悪霊にはなりたく無い。
身内の守護霊は少しばかり心惹かれるものがなくも無いが、かなりの激務の様だ。
なんせ守護霊である。
霊的なアレやソレから対象を守るのは生前からの腕っ節か、その人への強い気持ちが必要らしい。
正直な所あまり向いている気はしない。
私はただの一般人だ。
霊的バトルで役に立てる気がしない。
幸い、私の身内はそれなりの強者達がすでに守護っている様なので、引き続きその強者達に頑張って頂きたい。
生前は大変お世話になりました。全然気が付かなかったけど。
「最後に、次の転生を待たずに即座に異世界で仕事をするコースです」
「異世界で仕事ですか。異世界と言われると私も少し憧れがあって魅力的な気もしますが、仕事というのは…?」
「えぇ、まぁ。かく言う私わたくしもそれを選んだ類いでして」
はは、と乾いた笑いを浮かべる職員の目は死んでいた。
激務なんだろうな、と自分の目に憐れみの色が宿るのがわかる。
多分、転職とかが出来無いんだろう。
そして彼は死者だから過労死する事も出来無い。
だからこの仕事から逃げられない。
どう足掻いても。世知辛い話だ。
「所謂異世界転生をするかどうか、みたいな話だと思うじゃないですか。資料にも大々的に書いてありますからね。でも違うんですよ。あの世の職員を増やす為の方便なんですよこれは。あの世も下界から見れば異世界には違いありませんからね」
「成る程」
資料には「君も異世界で素晴らしい仕事をしよう!!勇者やダンジョンマスター、魔王等、様々な職をご用意しております!!」などと、ここだけ赤字で大きく書いてある。
その下に極めて小さく黒字で「人気職は空きがない場合がございますのでご了承下さい。キャンセルは不可となっております」と記入されていた。
ほぼ詐欺の手口である。
そんなに人手が足りないのだろうか。
足りないんだろうな…。
社畜になるのは御免なので、当然私の選択は最初の一枚目の奴だ。
運は悪くないが賭け事は好きではない。
ワンチャン行けるかもしれないと言うだけで三枚目を選択するのはナシである。
「じゃあ、一枚目の奴でお願いします」
「はい、三枚目ですね」
一瞬、私の中で時が止まった。
すぐさま気を取り直して訂正を試みる。
「………いや、あの、一枚目の奴で」
もしかして聞き間違えたのかもしれない。
そんな期待はすぐに消えた。
「確かに受理させて頂きました。同僚が増えるのを楽しみにしています」
「いやだから」
「この仕事もやってみるとやり甲斐のある仕事ですので」
「ですから、」
「次の方どうぞ」
「ちょっと」
コイツ、ワザとやってやがる!!!!
半笑いの職員を睨み付けながら、私は光となって消えた。




