表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編  悪い大人

作者: パンドラ01





 村は平和だった。

 働き者で頼れる父、太陽のように愛情を注ぐ母。

 若いながらにリーダーシップを発揮し既に村の中核を担う兄に、学問と音楽が好きで皆から好かれる姉。

 好奇心旺盛な私。

 それが家族構成だった。

 

 村は大体三十~四十世帯で、一軒だけ、おばあちゃんが一人で暮らす家が在った。

 そこの老婆は腰が曲がって働けなかったが、村の者皆で面倒を見ることになっていた。

 

 いつも柔和に笑う彼女は子供たちの人気者で、私も良くお話を聞かせてもらっていた。

 

 「なんで家族が居ないの?」


 ある時、興味本位で聞いてみたことがあった。

 人の好いお婆は笑うだけで何も答えてくれなかったが、二週間ほど後にポツリと言った。


 「カザルは戦いで死んでしまったよ」


 おばあちゃんは悲しそうに言ったが、そのことで何度も泣いてとうに枯れつくしたか、頬を伝う涙はなかった。

 その後、私はなんとなくカザルが誰なのかを、周りの大人に聞いてみた。


 何度か聞いて、カザルがおばあさんの夫で、山賊と戦って死んだことが分かった。

 王国兵として徴兵された経験があり、男衆を率いて攻め来る山賊に立ち向かい、敵の首領と刺し違えたのだそう。

 おばあさんは英雄の未亡人であるが故に皆から尊敬され、面倒を見られていたのだ。

 

 子供心に私は気付いてしまった。

 おばあちゃんが優しくしてくれるのは、辛い経験をしたからなのだと。

 他者を慰める時、お前は自身を憐れんでいるのだ――今なら、少し背伸びした言葉遣いでそう言うかもしれない。


 その話を知った後、私はなんとなくおばあちゃんの所に行くのが億劫になり、同じ年ごろの子供としか遊ばなくなった。

 

 ―――




 月日が流れ、私は九歳になった。

 毎日大人たちが額を突き合わせて話をするようになり、会議用のテントに子供が立ち入るのは許されなかった。


 「何があったの」


 と聞くと、彼らの一人がしつこさに耐えかねたようで、「山賊が来る」と言った。


 「隣の村がやられた。 隣の隣の村もやられた。 次は……」


 彼がお茶を濁した先は分かったが、それでも私には良く分からなかった。

 山賊と言うものがピンとこなかった。

 恐ろしいものだと言うが、私はそれを現実に見たことはなかった。

 同様に、平和と言う概念も分からなかった。

 争いがない社会が私にとっては当たり前だった。

 兄弟で喧嘩をすることはあっても、それは親が仲裁に入るかどちらかがクッキーをあげれば修復できるもので、確執と呼べるものはなかった――まして殺人など。


 ピリピリした雰囲気が続いて一週間、村に()()がやって来た。

 異物は黒い鎧を纏い、ガチャガチャ音を立てながら歩いた。

 私は彼が怖かった。

 狼のように鋭い目つきをして、何を考えているか分からないのが不気味だった。


 村人たちも彼を恐れているようで、そこの間には常に距離が空いているみたいだった。

 

 けど、異物は意に介した様子はなく、柵に座り異国の歌を歌ったりした。

 異物は気ままな暮らしぶりで、昼寝していたかと思うと剣を素振りし始めたりした。

 何人かの村人は木の枝を構え、男の動きを真似することもあった。

 きっと異物が先生で、村人は生徒なのだろう。


 「あなたが山賊?」

 

 ある時、私は尋ねてみた。

 

 「違うよ」


 男は苦笑いで答えた。


 「同じようなもんかもしれないけどね」


 それから私は男の様子を観察した。

 意外に気さくで、頼めば歌を教えてくれたり剣を見せてくれたりした。

 剣には百合を象った文様が刻まれていた――確か百合は、王国の国章だったはず。


 更にしばらくすると、白い鎧を着た者が三人増えた。

 彼らは黒い鎧の男の部下のようで、堅苦しい軍隊言葉で喋った。

 それからだった、戦争が起きたのは。

 

 ―――




 一度目は山賊は奇襲を試みたようだが、失敗した。

 見張りが大声で皆を起こし、武器を持たせた。

 山賊は五人来て村人と戦った。

 

 流石と言うべきか、恐るべき賊共は数の不利をものともせず村人の命を三人掠め取り、四人に怪我を負わせた。

 対して山賊の負った被害は二。

 一人は黒い鎧の男が殺し、もう一人は誰かの射った矢がまぐれで当たった。


 「惨敗ですな」


 山賊が撤退した後、村長が厳しい目つきで問い詰めた。

 黒い鎧の男は何も言わず、横たう骸をじっと見つめた。


 それから本格的に訓練が始まった。

 男の素振りの回数は増え、皆真面目に真似するようになった。

 建物を活かし矢を避ける術も、男は教えた。

 

 私が彼を観察できる時間はめっきり減った。

 

 「おじさんは悪い大人なんでしょう?」


 私はある日そういって問い詰めた。

 

 「貴方が来てから、人が死んだ。 貴方さえ来なければ村は平和だったのに」


 「俺はな、」


 ミハルという名のその男は悔しそうに歯ぎしりをした。

 

 「……なんでもねえ」


 ミハルが何を言いたかったのか、聞けずじまいに話は終わってしまった。

 ベッドに入ってから私は後悔した。

 彼が村のために頑張っているのは良くわかる。

 頑張る理由も、薄々気付いては居た。

 

 なのに、私は何ということを言ってしまったのだろう。

 

 悶々としながらその夜は過ごした。


 ―――




 二度目は大規模だった。

 

 二十人が林の奥から攻めて来た。

 村人たちは必死に弓を番え、山賊たちを狙った。

 弓が使えない距離になるとミハルを筆頭に肉弾戦をした。

 

 その局面は村側に有利に進んでいた。

 じりじりと山賊たちを後退させ、ミハルの練った戦略により、相手が五人倒れた時には村人はまだ三人しか重傷を負っていなかった。

 有利に進んでいる、と思わせるのが山賊たちの姑息な作戦だったのだろうが。


 村の反対側の守りは薄かった。

 武装した大人が四人しか居らず、だから十人の山賊が現れた時に対応しきれなかった。

 ミハルの部下一人と他三人が必死に食い止めていたが、多勢に無勢と言うものがある。

 その場に居た四人はものの六分で殺され、山賊たちは村になだれ込んだ。

 家に火が放たれ、何人か殺された。

 殺された中には、身寄りのないおばあさんも居た。

 

 表の二十人を撃退したミハルたちが辿り着き、家を占拠した山賊相手に攻防を繰り広げていた。

 互いに犠牲者を出しながらもじわじわりと追い詰め、山賊は残り五人となった。

 

 「やりましたよ!」

 

 一人斬り殺したミハルの部下が誇らしげにミハルの方を向いた瞬間、額と首に二本の矢が刺さった。

 ミハルは物陰から近づいていき、隠れていた一人を殺した。


 首領たちが逃げ出すのを見とがめ、ミハルは村長に一番早い馬をくれと頼んだ。

 ミハルが乗馬の支度をする間、私はこっそり近づいて行った。

 

 「追ってしまうの?」


 「ああ」


 私がそこに居ることにミハルは少し驚いていたようだった。

 

 「死なないで、欲しい」


 声を震わせながら、それだけを言うのが精一杯だった。


 「……ああ」


 今度はたっぷり間を開け、やはり男は頷いた。


 「案ずるな。 この人は俺が守る」


 兄も馬に乗り、ミハルと共に行ってしまった。

 

 その晩私は待った。

 長い長い夜だった。

 三十分程で消されるまで燃え続けた最後の炎が、ずっと目に焼き付くようだった。

 

 「そろそろ寝なさい」


 母が私に言った。

 幸い家は燃やされておらず、今晩は三人他の家の人を泊めるらしかった。

 

 「ここで待つから」


 私は頑なにそこを動かなかった。

 

 「私も、兄さんを待つ」


 私より三つ上だった姉がそういい私の隣に座った。

 姉妹で見上げる星空は綺麗だった。

 ずっと待ち続けるのは辛く、林の中から馬が二頭出てこないか見張っているのは苦しかった。

 だが、ミハルが帰ってきた時私は一番に彼を出迎えたかった。

 一番に労い、傷を癒してやりたかった。

 

 頑固姉妹を見かね、母が毛布を二枚持ってきた。

 

 「貴方たちはそこで寝なさい」


 母が言った。

 

 「私と父さんは、やらなければならないことが山ほどあるけど」


 毛布にくるまると風が遮られ、大分暖かった。

 

 結局その夜、私は寝てしまった。

 ずっと起きているつもりだったが、いつしか睡魔のゆりかごに揺られ意識を刈り取られていた。

 

 ミハルと兄は未だ帰っていなかった。

 

 「あいつならきっと大丈夫だ」


 期待を込めて父がそんな風に言った。

 眼の下にはクマが出来ていて、酷い疲れようだった。

 両親は夜通し怪我人の看病をしていたらしい。

 

 日が高くなった頃、ようやく二つの馬が戻って来た。

 兄は酷い有様で、ミハルに馬から降ろさせてもらうと何歩か歩き、ぶっ倒れた。

 

 「いくら強いと言ってもこいつは未だ子供だ」

 

 誰にともなくミハルが言った。


 「無茶を、させ過ぎた」

 

 誰もミハルの言葉には取り合わなかった。

 皆が兄の心配をし、手厚く看護をした。

 

 その日の晩、ミハルの姿が消えた。

 逃がさないつもりだったが、私が目を離した一瞬の隙にどこかへ行っていた。

 しばらくすると彼は川辺の木の元に佇んでいた。

 

 「よう」

 

 私に気付くとミハルはいつもの強面で迎えた。

 

 「あの、白い鎧の人は何処に……?」


 私は訊いてみた。

 ミハルの部下は一人だけ生き残っていたが、今朝からその姿が見えなかった。


 「あいつなら先に戻らせた。 報告やら何やらを任せてな」


 今回ミハルたちが村に協力してくれたのは、国の指示と言うことらしい。

 そうでなければ軍の正規兵が、鎧を着て戦ったりしないだろう。


 「貴方も帰るの?」


 私は再度尋ねた。

 そちらが本当に知りたい質問だった。

 

 「……お袋が死んだ」


 呟くようにミハルが言った。

 

 「奴らに殺された。 まあ、元々歳だっただろうがな……」


 ミハルが笑うのが、私は不思議だった。

 嬉しくなくても、愉快でなくても、人は笑えるのだろうか。

 

 「俺をここに縛り付ける楔はなくなった、という訳だ」


 「だから行ってしまうの?」


 悪戯心が首をもたげ、私はミハルに飛びついてみることにした。

 私が飛び込んでいくのは予想外だったらしく、彼をよろめかせた。

 だが、それだけではない。


 敏い私は気付いて居た。

 一日前と比べ、ミハルは明らかに弱っていた。

 腕の何か所もの切り傷、打撲の跡。

 足に巻き、隠しきれずに居る包帯。

 気丈に振舞っているが、部下を二人失ったのも響いているだろう。

 ミハルの母親と言うのが誰かも、私は知っている。

 

 「駄目よ。 貴方はここで療養しなきゃ」


 ミハルの目には困惑の色が少なからず浮かんでいた。

 私はほんの少し背伸びをして――彼の頬に唇を付けた。


 「何のつもりだ」

 

 ミハルは苛ついて居るみたいな声だった。

 だが私は知っている。

 彼は怒っているのではなく、動揺しているだけなのだと。


 私は年頃の子供みたいに軽やかに笑った。


 「まずは怪我を治してよ。 出ていくんだったら、それからにして」


 ―――




 今年私は十四になる。

 山賊につけられた傷から皆なんとか立ち直り、生活は元に戻った。

 

 私はと言うと、火災後に新しく建てられた家にずっと入り浸っている。

 ミハルの家だ。

 ミハルの傷は一か月程でほとんど治ったが、斬られた右足だけ、月に一度調子が悪くなるらしい。

 

 家に入り浸って何をしているかと言うと、ミハルに自作の詩を読んでいた。

 私の書いた詩を、ミハルは面白がってくれた。

 文才があるよ、と褒められもした。

 

 昼間はミハルは皆と一緒に農作業をしたり、子供に剣を教えていた。

 今ではすっかり村の一員として馴染み、本人も自分の運命を肯定的に捉えているようだ。

 

 ―――




 「おい」

 

 「どうした?」


 二人の少年が呑気に話をしている。

 

 「俺、今度告白しようと思うんだけど」


 「一体誰に?」


 「アリスちゃんだよ」


 「ふーん。 どこが気に入ったの?」


 「頭が良いだろ? 世話焼きだし、それに、可愛いし……」


 「でもあいつにゃもうフィアンセが居るって話だぜ?」


 「知ってるさ。 ミハルだろ? あの軍人のおっさんの」


 「気ぃ付けろよ。 女の子取り合って決闘になったら、お前負けるだろう」


 「だからそのためにこれから鍛えるんだ。 それか、あいつが爺になって俺より弱くなるのを待つ」


 「えらい気の遠い話なことで」


 馬鹿な少年たちが呑気に話している。




読んで下さりありがとうございました。

恋愛系(?)書いてみました。

感想などあれば。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ