癒しの魔王ってあり?
気付くと、私はフワフワと浮いていた。
だいたい3階くらいの高さだと思う。
(これは夢?それとも私死んだ?)
よく分からないまま、下を見ると、数人の子供達が遊んでいる。
どうやらかくれんぼをしているようだ。
慣れた様子で、隠れている子供を次々と見つけ出しているのは、まだ10歳くらいの少年だ。
その顔には、見覚えがある。
(あれは……昔のアル?)
そうか、ここは私達が育った孤児院だ。
キャッキャと声を上げながらはしゃぐ子供達から距離を取り、孤児院の建物の壁に寄りかかって、本を読んでいるのは、同じく幼いヴィンス。
(あの頃から、1人だけちょっと大人ぶっていたのよね)
とても懐かしい気持ちになる。
自分より年下の子供達と一緒に遊び、楽しませるアルと、周りに流されず、自分の世界を維持するヴィンス。この頃には既に、性格がしっかり確立している。
ということは、私は……。
「クレア~、どこ~?もうクレアだけだよ」
「ふはははは!今日も私の勝ちね!」
私を探してうろうろするアルを、遥か高みの木の上から見下ろす、じゃじゃ馬娘がそこにいた。
年下の子供の中でも、大人げなく全力を尽くす。手加減も忖度も存在しない。それが私。
前世の記憶の有無に関わらず、この性格は特に変わらなかったようだ。
(ゲームでは、ほとんど出番が無かったから、キャラが分からなかったのよね)
まさかこんなしょうもない性格だったとは、ゲームをプレイしていた時には思いもしなかった。
ご満悦気味な幼い私は、スルスルと木を下りていく。
下にいる子供たちの喜ぶ様子に、調子に乗った私は、片手を離して、歓声に応えていた。
「「わ!!」」
調子に乗りすぎたおバカな少女が、バランスを崩し、木から落ちていく。
(あ、この時のこと覚えている。確か、アルとヴィンスが……)
私の記憶通り、アルとヴィンスが、一目散に木の下に走る姿が見えた。
「ぐぎゃ!」
より近くにいたアルを下敷きに、私は地面に落下した。
「大丈夫か?クレア」
遅れて駆け寄ってきたヴィンスが、すぐに私の手を取る。
「私は大丈夫。でもアル……」
「クレア、肘、擦りむいてる。見せて」
「いや、俺の心配は!?」
私の言葉も、私の尻の下で踏みつぶされているアルの抗議も一切無視して、ヴィンスは私のかすり傷に、手を添えた。
「え、すごい!ヴィンス、魔導が使えるの!?」
「まあ、少しだけど」
「俺も全身痛いんだけど、治してくれよ」
「アルは頑丈なんだから自力で治せ」
初めてヴィンスが人前で魔導を使った、あの日。
この後、ヴィンスは魔導士でもある、村のお医者様の弟子になり、一足先に孤児院を出ていった。
(しかし、本当に私ってどうしようもないヤンチャだな)
どう見ても、ゲームのヒロイン的な少女ではない。
ゲームプレイ時に抱いていた、『薄幸の美少女』のイメージは、最早跡形も無く崩れている。
どうも、死んだおかげで、アルやヴィンスの中で、記憶が美化されちゃっただけな気がしてきた。
「ありがとう!ヴィンス」
「……どういたしまして」
満面の笑みで無邪気にお礼を言う私に、ヴィンスは珍しく、はにかむような笑顔を見せた。
どれだけ凄いことをしてもらったのか、全く理解していない過去の自分を小突きたい。
それから、早くアルの上からどいてやれ、と言いたい。
幸い、アルは打撲だけだったと思う。
本当にアルは、昔から、自分の体を張っても他人を守る、強く優しい主人公だ。
そしてあの時、ヴィンスがかけてくれた癒しの魔導の感覚は、今も覚えている。
ヴィンスが手を添えてくれた部分だけ、ふわっと温かい空気の塊に包まれたような、優しい感覚。
世界を滅ぼそうとするラスボス魔王なんかに、あんなに優しい魔導は使えない。
根拠はないけれども、そう思った。
◇◇◇◇◇◇
ふわっと、自分の身体に、あの時の温かい感覚が蘇り、少し意識が浮上した。
だが、意識が戻ろうとするほど、全身の痛みが強くなる。左肩から右脇腹に掛けてジクジクと、叫びたいほどの痛みが走る。
呼吸をするだけで、身体が引き裂けそうな気がした。
悲鳴を上げたいが、カラカラに渇いた喉からは声は出ず、口からは微妙な呻き声が発せられただけだった。
うっすらと目を開けると、潤んだ視界に映ったのは、殺風景な白い天井だった。
(あ、ここ、村の診療所だ……)
ゲームでは、各町に必ず1か所はあり、回復場所として、足しげく通うことになる診療所。
ただし、ゲームなら、あっというまにHPやMP、状態異常から瀕死状態まで、一瞬で回復してくれるが、そんな奇跡のような技なんて、現実には存在しない。
魔導は治癒力を後押ししてくれるだけの存在で、怪我を治すのも、病気から回復するのも、最後は自分の体力、気力なのだ。
そして、死んだ人間は、どんな高名な魔導士でも生き返らせることなんてできない。
天井だけを映していた私の視界に、スッと白く細い手が横切った。
「……クレア、ごめん……頼むから、起きてくれ……」
(ヴィンス……?)
懇願するような、泣きそうな声は、ヴィンスのものに聞こえた。
再び、温かな空気が感じられ、僅かであるが、全身の痛みが和らいでいく。
(ゲームの強制力になんて、負けてたまるか……)
だが、強い睡魔に負け、再び瞼を閉じてしまった。




