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ゲームの強制力は恐ろしい

「じゃあ私は教会に行ってくるわね。クレア、ファイトぉ!」

「はい!いってらっしゃい!」


アルが私達を叩き起こしてから、早3時間。

アメリアさんは、結婚式の着付けのため、教会に出かけて行った。


アメリアさんと2人、休憩なしで作業していたおかげで、旗の修繕は何とか終わりが見える所まで来た。

ただ、ここからは私1人で縫わなければならない。


アメリアさんの2分の1、いや、少し見栄を張った。5分の1くらいのスピードでしか縫えない私が、あと2時間で果たして完成させることができるのか。


(まあ、漁師の中で魔導紋に詳しい人はいないし、多少適当でもバレないでしょう……っていかんいかん!戻って来い、私のプロ意識!)


疲れてくると、どうも楽をしようとする私が登場する。どんな仕事にも、決して手を抜かない、アメリアさんのプロ意識に憧れて弟子入りしたんだった。初心をすぐ忘れてしまいそうになる。


寝不足と、細かすぎる作業の連続で、かすみそうになる視界を、必死に瞬きを繰り返して立て直す。

最後は、負けん気と、アルにいくら代金を吹っ掛けようかという妄想、それだけを心の支えに、手を動かし続けた。



◇◇◇◇◇◇



「クレア!待ってたよ……ゲフッ!!」


完成した旗を持ち、見た目を整える余裕も無く、漁港に駆けこんだ私は、キラキラ目を輝かせて手を振っているアルを見て、無性に腹が立った。


力一杯、その子犬のような顔に、重い布を叩き付ける。


「心優しい幼なじみに、心から感謝しろ!」

「は、はい!本当にありがとうございます!聖女のようなクレア様!この借りは、必ず返します!」

「100倍にして返せ!」

「はいい!」


こんなに怯え切ったアルの顔は、長い付き合いだけれども、初めて見た。

多分私の顔は、聖女どころか、魔物のようになっているだろう。

だって、髪をとかす時間も、顔を洗う余裕すらなかったんだから、しょうがないじゃん。


「まあいいや。この落とし前はまた今度で。私は疲れたから帰る」

「ありがとう!良い魚獲れたら、真っ先に持っていくから!」


それはありがたいけど、まさか魚で報酬を払う気ではあるまいな。

(アルならあり得るかも……)と思いつつ、苦笑いしながら、漁港を去ろうとした時だった。


「ま、魔物だあーーーー!!」


男性の大声が轟き、ガッシャーンという爆音が響き渡った。


慌てて振り返った私の目に映ったのは、空を飛ぶ木造船だった。


(……え?)


魔導という力のあるこの世界でも、さすがに船は空を飛ばない。

状況を理解できずフリーズする私の10メートルほど手前で、木造船は地面に叩き付けられ、轟音と破片をまき散らしながら粉々になった。


砂埃の向こう、海上には、巨大なネズミが、浮かぶ船を長い尻尾で弾き飛ばしながら、猛然とこちらに走ってくる。


(……バーサークマウスだ!)


ゲーム中盤辺りでよく出てくる、モブ魔物だ。

ネズミがモチーフだというのに、陸上だろうが水上だろうが、お構いなしに現れ、刃物のような尻尾と、鋭い爪で攻撃してくる。


悲鳴や怒号が響き、船が船員ごと、次々と宙を舞っていく。


「クレア、逃げるぞ!」


立ち尽くしていた私の腕を、痛いほどの力で掴み、アルが走り出す。


物凄く最近、これと同じような状況に覚えがある。


(……嘘でしょ……)


『ゲームの強制力』という言葉が、脳裏をよぎった。


アルの目の前で、私が魔物に殺され、アルが勇者となる。


場所と魔物は、ストーリーと違うけれど、意地でもそのイベントを起こそうという、見えない力を感じた。


ファイアグリズリーの時とは違い、今、周りには多くの人がおり、あちらこちらに逃げ惑っている。

にも関わらず、バーサークマウスは、他の人々に脇目も振らず、私とアルに向かってくる。


ファイアグリズリーよりも、バーサークマウスは移動速度が速い。

しかも、もうこの村に、魔物を倒せるマテオはいない。


背後で聞こえていた足音が、一瞬消えた。

その意味を考える間もなく、轟音と共に、目の前に黒い巨大ネズミが現れた。


「しまった!」


アルが踵を返そうとするが、もう間に合わなかった。

跳躍し、私達の前に回り込んだバーサークマウスは、そのまま鋭い尻尾を振り下ろした。


アルではなく、真っ直ぐ私に。


アルの叫び、体が引き裂かれるような感覚、目の前に飛び散る血飛沫。


それが、私が意識を失うまでに聴こえたもの、見たもの、感じたもの、全てだった。

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