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新人には優しくしましょう

翌朝。まだ外が薄暗く、ベッドの中でモゾモゾとしていると、突然、階下でけたたましい音がした。


(何!?強盗!?魔物!?)


どうやら、1階店舗のガラス戸を、誰かが叩いているようだ。

寝間着のまま、手近にあった竹尺を持ち、恐る恐る1階に降りる。

階段下で、店の奥の居住スペースから出てきたアメリアさんと合流する。

片手に裁ち鋏、もう片手に牛刀を持ったアメリアさんは、暗闇で見ると、ギョッとするほど怖い。


「誰~?」


ビジュアルに反して、実におっとりとしたアメリアさんの問いかけに、ガラス戸の音は静まった。


「朝早くすみません!漁師団のアルバートです」

「アル?」


細く戸を開くと、仕事着のアルが立っていた。

緊張感が一気に高まっていた分、アルだと分かった瞬間、眠りを妨げられた怒りが沸々と沸いてきた。


「なによ?漁師は朝早くても、こっちはまだ寝てたんだけど」

「本当にごめん!緊急事態なんだ」


慌てた様子のアルの手には、大きな布が抱えられている。

カラフルな色合いで、厚手のその布は、お針子の私でも何かすぐに分かった。


「船旗じゃない。どうしたの?」


後ろで牛刀を振りかぶったままのアメリアさんが、キョトンと問いかけた。

いや、そろそろその凶器を下ろして欲しい。


アルが持っている船旗は、この村の漁師たちが、漁船に付けている旗だ。

目印の意味もあるが、一番大きな役割は、『魔物避け』だ。


旗に描かれた紋様には、すべて術がかかっている。

魔物が近付くと光る紋、魔物が嫌うとされる紋、お守り程度の効力であるが、それでも、魔物が溢れるこの世界で海に出るには、船旗は必要不可欠だ。


アルが立ったまま、バッと旗を広げる。


「あらまあ……」


私とアメリアさんから、同時に溜め息が漏れた。


旗は見事なまでに真ん中で裂けていた。


「いや、船の釘に引っ掛かって、急いで引っ張ったら、こんな感じに……」


術のかかった紋様は、破れたり、汚れたりすると、効果は薄れていく。

これだけ派手に裂けてしまっては、魔物に対してなんの意味も為さないだろう。


「大至急直せませんか……?」

「う~ん、いつまでに?」

「できれば、今日の昼まで……」

「はあ!?」


単に縫い合わせるだけなら、すぐに終わるが、魔導術がかかっている紋様となると、1ミリもずらさず、修復しなければならない。

1本の線に対して、使う糸の種類、刺す針の回数まで厳密に決まっている、それはそれは気の遠くなる作業なのだ。


「それはちょっと厳しいわねぇ。今日は長老のところの結婚式もあるし……」

「そうですよね……」


項垂れるアルを見ていると、気の毒にはなるが、無理なものは無理だ。


(まあ、アルのミスだし、私が尻拭いする必要はないし……)


そんなことを考えていた時、封じられし忌まわしい記憶が、突然甦ってきた。



――あれは前世、私が入社5年目の時。

私の隣のデスクには、新入社員が座ることになった。

その子は、どことなくおどおどした、何だかはっきりしない男の子だった。


コミュニケーション能力が低く、あまり面倒見が良くない人間で、気も長くはなかった私は、聞かれれば教える程度のことしかせず、基本彼を放置し、自分の仕事に集中していた。


そしてある日、何やらミスを犯しパニックになっている彼を横目で見つつ、放っておいた結果、お客様にしこたま怒られた彼は、仕事に来なくなった。


そして、私は上司に苦言を呈されたのである。


当時は、「なんで私が」という不満しか感じなかったが、人生2度目、多少経験値の上がった今なら、自分が未熟だったことが、実によく分かる。


自分だって最初はミスだらけだったけれど、先輩方が指導や尻拭いをしてくれたから、一応一通りの仕事ができる会社員になったのだ。

情けは人の為ならず。助け合い、大事!


さて、今、目の前で萎れているアルを見ていると、前世の新入社員の彼を思い出した。


このまま旗の修繕が間に合わなければ、アルは漁師団の男達からこっぴどく怒られるだろう。

下手をすれば、クビになってもおかしくない程の、重大ミスだ。


まあ自業自得といえばそうだし、私には一切の責任はないのだけれども、何となく後味が悪い。


「アメリアさん、結婚式の方は、お手伝いなくても大丈夫でしょうか?」

「ええ。大丈夫よぉ」


アメリアさんはニコッと笑ってグーサインを出した。


「でもクレアできる?相当難しいわよ」

「やってみます!」

「え?」


状況に追い付けず、ポカンとしているアルに、ビシッと指を突きつけた。


「出来上がりは保証できないわよ!それから、超特急料金と、時間外料金をたっぷり取るけど、良いかしら?」

「っ!ありがとう!いくらでも、何年かかっても必ず払う!」


先程まで今にも死にそうな顔色をしていたアルが、あっという間に生気を取り戻した。

私の手を両手で握り、上下にブンブン振ってくる。

顔はパッと輝き、何なら左右に大きく揺れる、ワンコの尻尾さえ見える気がした。


こんなに喜んでもらえるとは、とても嬉しい。

だけど、お針子歴1年の私が、果たしてこの難しい修繕を数時間で出来るのか。


早くも安請け合いを後悔した。

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