お仕事はきちんとしています
「クレア、無事でよかったわぁ~お水ちょうだい」
「はいはい。アメリアさん、大丈夫ですか?」
もうすぐ開店時間だというのに、この仕立屋の店主、アメリアさんは作業机に突っ伏している。
アメリアさんは夜通し呑んだくれて、つい先ほど帰ってきたばかりなのだ。
今日は仕事にならないだろうな、と思わず苦笑いが漏れた。
アメリアさんは私より一回り程年上の、きっぷの良い美女だ。
元々この村の出身で、王都で修行をしていたそうだが、5年前に村に戻って来た。
貴族のドレスから、騎士の制服、冒険者の防具、寝具・カーテンまで、何でも作れる腕利きの職人なのに、こんな田舎の村で、小さなお店を開いている、ちょっと変わった人だ。
「どうぞ、アメリアさん。お水と二日酔いのお薬です」
「さすが、気が利くわぁ」
粉薬を流し込み、思いっきり顔をしかめるアメリアさんを尻目に、開店準備を勝手に進める。
「今日は診療所の配達と、教会に長老のお孫さんのドレスを届けに行く日です」
「クレア~よろしくぅ」
「はい」
そう来ると思っていたので、既に配達の準備は出来ていた。
「では行ってきますので、店番お願いしますね」
「りょーかい」
どっちが店主かわからないが、このお店ではよくある光景だ。
シワにならないよう、丁寧に袋に包むと、両手に抱え、村外れの丘にある教会へ向かった。
この村の教会は、神父様と、見習いが1人いるだけの、非常に小規模なものだ。
隣には孤児院が併設され、親を亡くした子が、10人程度暮らしている。
私も、アルも、ヴィンスも、この孤児院で育った。
一歩人里を離れれば、魔物が跋扈するこの世界では、家族を亡くすことは珍しくない。
私も赤ちゃんの時に、魔物に襲われ壊滅した行商人の隊列から、発見されたそうだ。
昨日、マテオに倒されたファイアグリズリーも、分かっているだけでも5人の犠牲を出している。
それでも、「これだけで済んだのは奇跡だ」と、村の皆が喜び、宴となったほど、この世界では、命の危険がごく当たり前のように、隣にある。
そして、そんな世界を救うのが、勇者の生まれ変わりのアル。
魔物を従える魔王を倒し、魔界を浄化し、世界を救う、はずだった。
(でも、アルは勇者の力を覚醒しなかった)
この世界はどうなるのだろう……と考え、頭を振る。
(世界なんてそんな壮大なスケールのこと、私が心配してもしょうがない!)
この世界にだって、お偉いさんがいて、高名な魔導士がいて、聖女様とやらもいるらしい。
田舎のお針子や漁師が頑張らなくても、何とかしてくれるだろうと、前向きに考えることにした。
教会の神父様に、明日行われる結婚式のドレスを預ける。
昨年まで暮らしていた孤児院を覗き、子供達と少し遊んだ後、村に戻り、診療所に向かった。
◇◇◇◇◇◇
「こんにちは。テーラーアメリアです」
ちょうど患者はいないようだ。
入り口から声をかけると、スタスタと、全く急ぐ気のない足音が聞こえた。
こちらは重たい荷物を持っているというのに、落ち着きはらったその様子は、少しイラっとする。
「クレア、ご苦労さま」
「走って来なさいよ」
医者見習いという名の雑用係、ヴィンスがのんびり現れた。
「はいはい、すみません」
そう言って、ヴィンスは私の抱える荷物をひょいッと受け取った。
「あ、こっちは先生から依頼があった魔導紋を刺繍したシーツだよ。ちょっと確認してみて」
「了解。奥に着いてきて」
ヴィンスの後に続いて、診療所の中に足を踏み入れる。
奥の診療スペースにある大きな机の上に、ヴィンスは慣れた様子でシーツを広げた。
この世界では、魔導と呼ばれる力が、ごく当たり前に使われている。
人は多かれ少なかれ魔力を持っており、様々な分野でその力を利用している。
とはいえ、大部分の人は少し火を出すとか、水をチョロチョロ出すとか、その程度。
かくいう私も、髪を乾かすことも出来ない程度の、そよ風を吹かすだけの力しかない。
しかし、稀に戦闘や回復、建築などで奇跡のような力を発揮する者もあり、その人達は、『魔導士』と呼ばれ、重宝される。
我が幼なじみ、ヴィンスも、それはそれは強い力の持ち主で、この村随一の魔導士である、診療所のお医者様の下で、魔導と医学を学んでいる。
(そりゃあ魔王なんだから当たり前でしょ)という突っ込みは、決して声に出せませんが。
ちなみにこのシーツの模様は、止血術の紋だそうだ。
「さすがアメリアさん。完璧な紋様だ」
「でしょ?アメリアさんの仕事には、1ミリのズレもないわ」
「クレアはどこか手伝ったのか?」
「さすがに失敗が許されない仕事だからね、私は手伝わさせてもらえなかった。でも、あんたの白衣は私が縫ったから」
「それ、大丈夫なのか?」
「失礼ね!」
今度、ヴィンスの白衣の裏地に、何か勝手に刺繍してやろうかと思い立つ。
このすまし顔の幼なじみが、萌えキャラが刺繍された白衣を着ている姿を想像すると、それだけで溜飲が下がる。この世界に萌えキャラという概念はないけれども。
頭の中で楽しく刺繍のデザインを考えながら、帰り支度をしていると、ヴィンスが話しかけてきた。
「明日、長老の孫の結婚式だったよな?クレアは見に行くのか?」
「え?別に長老のお孫さんとはそんなに親しくないから、参列はしないよ。あ、でも、ドレスの着付けの手伝いはすると思う」
「じゃあ、明日の午前中は教会にいるんだな?」
「うん、たぶん」
何てことのない質問に、それほど深く考えることなく答える。
「そうか、ならいい」と言ったヴィンスの声が、なぜか安心したようなトーンだったことに、この時の私は気づいていなかった。




