魔王と村娘、第二の人生へ
完全に口を滑らしてしまった私だが、ヴィンスの反応は、それ以上に不安になるものだった。
目を逸らし、瞳は泳ぎ、普段冷静なヴィンスには珍しく、動揺が丸出した。
「ま、まさか……」
「殺してない!」
ヴィンスははっきりと言い切ってくれたが、小さな声で「今のところは」と付け加えていたのを、私は聞き逃さなかった。
「……もしかして、そのご予定が……?」
「ない!」
ヴィンスの様子にまだ不安は払拭できないが、長い付き合いだ。嘘をついているかどうかは、何となくわかる。
アルとプリシラは、まだ生きているし、これから殺すつもりもないことは、間違いないだろう。
ひとまずほっとした私だが、続いてヴィンスが呟き始めた話に、再び焦ることになった。
おいおい、明日にもアル達勇者パーティが来るですと!
なんと、ラスボス決戦直前というタイミングで、私は復活してしまったらしい。
「どうするの?話し合いで何とか解決できる?」
「……それはちょっと無理だと思う」
魔王に敵意が無いということを、勇者なら分かってくれるのでは?と思ったが、ヴィンスは言葉を濁した。
理由を聞いても言いたくない様子で、はぐらかしてくるが、どうやらこの一年、ヴィンスは立派に魔王をしていたようだ。人間界で、魔王討伐の機運は頂点に達しているらしい。
(もう少し早く復活していれば……!)
どうしようもないこととはいえ、実に歯がゆい。
しかし、私は戻ることができた。まだ手遅れではない、と思いたい。
「そうだ!じゃあさあ……」
突然私の頭に、素晴らしい考えが浮かび上がった。
ただ、それは最早とんでもなくストーリーから逸れるもの。これまで、しつこいほど私を殺そうとし、アルを勇者に、ヴィンスを魔王にしようとしてきたストーリーが、どうなるのか。
……って、悩んでも仕方がないか。そもそも、ストーリー上死ぬはずだった村娘が、闇堕ちして生まれ変わるという謎展開になっているのだ。
ストーリーの強制力とか、或いは『神』などというものがいるとすれば、私が勝手に動いても良いということの表れだろう。うん、そういうことにしよう。
「じゃあさあ……また引っ越そうよ!」
「引っ越すって……どこに?」
「どこか遠く!魔王とか魔物とか、そういうのあんまり関係ない所」
「ええっと……それは……」
ゲームでは、限られた国が舞台となっていたが、実際の世界はもっと広い。
聞きかじった知識によれば、この国がある大陸以外にも、別の大陸もあるという。
ラストバトルを回避して、無関係な土地に逃走する――。「根本的な解決にならない!」と言われようとも、ヴィンスを死なせない、ヴィンスに殺させないという私の目標が達成できれば、あとのことはどうだってよい。勇者と聖女で上手く世界を導いてくれ。
我ながら名案だと思うのだが、ヴィンスは言葉を濁す。
「それとも魔界を出ちゃいけないって決まりでもあるの?魔界出ると死ぬの?」
「いや、別に死にはしないけど……ただ、魔力は、瘴気の穴から供給されているから、魔導は弱くなるか、使えなくなるかもしれない」
「大多数の人は魔導使えないんだから、なくなっても何とかなるんじゃない?」
魔力はあれば便利だが、普通に暮らす分には魔導が使えなくても問題ない。
「……クレアは、僕が唯の人間になっても、一緒にいてくれるか?」
「?もちろん」
「これからも厄介ごとを引き寄せるかもしれないけれど」
「ヴィンスが嫌だと言わない限り、私はいつまでも付きまとうわ」
しまった、堂々とストーカー宣言をしてしまった。まあ、正直、「嫌だ」と言われても付きまといますけど。
ヴィンスは、私がそんなことを考えていることなど知らず、私の両手を握りしめた。
「それは僕のセリフだ。クレア、愛している。もう絶対に放してあげられない」
サラッと言われた告白に、心臓が止まるかと思った。血が昇り切ったであろう顔でヴィンスを凝視すると、ヴィンスの顔も、私に負けず劣らず真っ赤だった。
その姿に、思わず和む。
「私も!放してあげないから覚悟してね!」
そのまま胸に飛び込んだ私を、ヴィンスは力強く抱きしめてくれた。
私達の行く先はまだまだ不透明。そしてここは、淀んだ空気漂う薄暗い魔界という、ロマンチックからは程遠い場所だけど、そんなことは関係ない。
私は今最高に幸せだ。
◇◇◇◇◇◇
その日、世界中に吉報が広がった。
魔界に入った勇者、聖女らが、遂に魔王を討伐し、魔物を産み出す『瘴気の穴』を浄化した、と。
既に世界に蔓延る魔物は、地道に倒していく必要があるが、これ以上新たな魔物が誕生することはない。
やっと見えた光明に、世界中の人々は沸き立ち、未来への希望を取り戻した。
勇者達は各国で華々しく迎えられ、その英雄譚は、後世まで語り継がれていくこととなった。
その物語において、魔王は世界を滅ぼそうとする諸悪の根源として描かれているのみ。
まして、そのストーリーの中で、ちょこまかと動き回っていた村娘のことなど、一文字も残されていない。




