闇堕ちだろうが、どんと来い
『憎いか?』
「誰?」
『怨んでいるか?』
「いや、聞けよ」
私の問いかけは一切無視して、声は一方的に話し続ける。
腹の底に響くような低音のその声に、聞き覚えは全くない。
『壊したいか?』
「さっきから質問が物騒だな!」
『勇者と聖女が、憎かろう』
いや、今はどちらかと言えば、あんたの方がムカつくよ!
単純な思考回路の持ち主である私は、さっきまでの怒りがどこかへ行ってしまっていた。今や、アルやプリシラ、理不尽な世界より、他人の話を全然聞かない、この『謎の声』の方がイライラする。
『怨め、憎め。その負の感情が、魔を産み出す』
録音か?と思うほど、低音ボイスは淡々と話を進めていく。
『まもなく、闇は光を凌駕する。此度の魔王に、情けは無い』
「……此度の魔王って、もしかしてヴィンスのこと?」
『一度希望を持ってしまったからこそ、絶望は深い。自我を失いし魔王に、情など虚構、最早無意味。ヒトを滅ぼし、魔物を滅ぼし、世界の全てを無に帰し、最期は己すら消し去るであろう』
やっぱりその声は、私を無視して、ポエミーな内容を延々と語る。その内容はどう聞いてもバッドエンド。
『ライトソードファンタジー』自体には、バッドエンドへの分岐は無かった(負けてもコンテニュー画面になるだけだった)が、この声が語る魔王は、今のヴィンスを指しているような気がしてならない。
(まてまて、いくら何でも、ヴィンスが世界を滅ぼすなんて、そんなこと)
ヴィンスは前世魔王という重すぎる設定を背負ってはいるが、実に優しい性格だ。
村で医師見習いをしていた時は、子供からお年寄りまで人気があったし、冒険者になった後も、なんだかんだ言ってノアの面倒をよく見ていたし。
そして何より、いつも私を守ってくれた。
私が魔物に襲われた時は、寝ずに治療してくれ、盗賊に捕まった時も助け出してくれた。盗賊を皆殺しにして。
……ま、まあ、ちょっと荒っぽいところもあるけど、世界を滅ぼすなんて、そんな、ねえ?
誰も聞いてないの、寂しくひとりで取り繕っていると、ふいに、スチルのようなイメージが浮かんだ。
魔物を産む瘴気の穴を背に、佇む魔王――ヴィンスだ。
足元に転がるのは、勇者アルと、聖女プリシラの骸。
既に乾いた血と、魔王の真っ赤な瞳だけが、唯一の色……。
「ちょっと!止めてよ!!」
縁起でもない絵を見せるな!
これが妄想なのか、現実なのか、それとも未来なのか、分からない。分からないが、絶対に実現して欲しくない。
でも、死んでいるっぽい私が、どうすれば……。
低音ボイスは、変わらず話を続けている。
『さあ、闇に囚われよ。さすればお前も、魔物として新たな生を得るだろう』
「新たな生……?」
『殺したいほどの憎しみに、身を預けよ』
当然、言いたいことだけ言い、声は教えてくれない。
私は必死に、ゲームの設定を思い出す。
(確か、魔物は元々普通の生き物で、魔界にある瘴気に触れることで、魔物になるんだよね。そういえば魔王も、前世は子供で、生け贄として瘴気の穴に放り込まれた怨みから誕生した、ってムービーがあったような)
つまり、魔物への生まれ変わりができる、ということだろうか?
(まさかねぇ?)
それに殺したいほど憎めって言われても、そこまで過激な感情は出てこない。余程のことがなければ、「ムカつく」とかその程度で収まっちゃうし。しかも魔物って、さすがにどうなの?
呑気に思考を巡らせていた私の脳内に、いきなり怒鳴り声が響いた。
『さあ、高めよ!!闇を!!』
「は、はいい!」
『魔王に仕えたくはないのか!?』
「仕えたいです!」
今まで淡々としていた声に威圧されて、思わず返事をしてしまった。
もしヴィンスに会えるなら、もう魔物でもなんでもいいや。
(でも、憎めって言われたって!)
大体根が単純な私は、負の感情を継続させることは苦手だ。精神衛生上も良くないし。
それでも、他に打開策も見当たらない。
声に急かされ、必死にネガティブ思考を試みる。
(アルやプリシラはムカつくこともあったけど、別に恨んでないし。私を殺した兵士は……あんまり顔も覚えてないしイメージ薄いなあ。それなら操っていたウガルムの方が……うーん)
今一つ殺意なんて湧かない。良いことだ。
(いやいや、何かない?今までの人生で一番腹立ったことは……)
記憶を辿る。十年、十五年、そして前世まで――。
――いた。
『えっとお、レイナ、電話は出たんですけどぉ、よく分かんなくて。後でセンパイに聞こうかなあと思って、忘れちゃってえ』
『忘れちゃったじゃないでしょ!お客様にどれだけ迷惑をお掛けしたと思っているの!!』
『ごめんなさあい』
『ごめんなさいじゃなくて、申し訳ありません!それから社会人なんだから、職場で自分のことを名前で呼ぶのは止めなさい!』
『おお怖。■■さん、すっかりお局様になっちゃって。また新人辞めさせないようにしてよね』
『課長!!』
なんだあのあざとさマックスの小娘は。なんでこんなの採用してんだ。それから鼻の下伸ばしっぱなしの薄らハゲ課長。部下の指導はあんたの仕事だろうが。
十数年振りに甦った、前世の記憶。
前世、現世通じて、最も頭に血が上り、他人に殺意を覚えた、あの日。
「今思い出しても腸が煮え繰り返る!!」
『良いぞ!もっとだ』
「人を悪者扱いしてんじゃねえよ!!」
声に煽られ、考えれば考えるほど、イライラは増していく。
次第に、私を取り巻く空気が凍てついていく気がする。
『そうだ!そのまま闇に呑まれろ!』
ええ!?こんなのでいいのか!?
こんなしょうもないことで『闇堕ち』するのなら、現代人の9割は魔物になるよ!?
この世界の設定に大いなる疑問を感じながら、私は声の指示に従い、負の感情を高めていった。




