あなたに伝えたい言葉は
魔物と比べれば、小さく貧弱な人間の姿をした彼。だが、彼がこの場に現れただけで、魔物はその威圧感に、身動き一つしなくなった。
降り立った彼は、冷たい声で言い放った。
「貴様らの主は、この僕だ。今すぐ己の世界へ去れ」
その抑揚がなく、怒りを湛えた声が響くと同時に、フリーズしていた全ての魔物は、派手な地鳴りを立て、蜘蛛の子を散らすように去っていった。
彼は、私の横に跪くと、上半身を抱え上げた。
顔を見なくても、声で、匂いで、足音で、誰かは分かる。細身のくせに意外と筋肉質なその腕に包まれると、死が近づいているにも関わらず、喜びの感情が沸き上がって来た。
「ヴィンス、良かった……起きた、のね……」
「ああ。クレア、僕のせいで……こんな……」
目の前にあるはずのヴィンスの顔が、うまく見えない。
赤い瞳の色だけがぼやけた視界に認識できた。
「ヴィンス……のせいじゃ……ない……誰の、せいでも……」
ヴィンスが魔王になってしまったのか、私には分からない。
でも、誰かを恨み、絶望の中で生きるようなことを、ヴィンスにして欲しくない。
必死に伝えようとした言葉は、途中で息が続かず途切れた。
ヴィンスが泣いているように見えるのは、私の視野に霞がかってきているせいか。
身体のどこにも力が入らない。痛みも、いつの間にか感じなくなっていた。
「ヴィンス……大、好き……」
随分子供っぽい言い方になってしまった。
でもこれが、私の心からの言葉。
魔王でも、冒険者でも、ヴィンスが行く道なら、私は全力で応援する。
……本当は一緒についていきたいけれど、どうやら無理そうだ。
どうか、生きて。ストーリーに負けないで。
伝えたい言葉は、もう口から音として出ることはなかった。
ヴィンスの声も聞こえない。
視界も思考も、全て真っ暗になっていった
◇◇◇◇◇◇
「ヴィンス、お前、なんで最後、攻撃を止めたんだよ!」
「……さあな」
アルが、横たわるヴィンスを抱え上げる。
アパートの室内、24インチのテレビ画面には、『ライトソードファンタジー』のムービーが流れている。
ラスボスが主人公の親友という、大体想像のつく設定と、面倒くさいウガルム戦×3回を乗り越え、遂に勇者アルバートは、聖女達と力を合わせ、ラスボス魔王ヴィンセントを撃破した。
そして始まったエンディングムービー。勇者と魔王、最後の一騎打ち。相討ちかと思われた瞬間、魔王は突然攻撃の手を下ろし、勇者の攻撃だけが魔王を貫いた。
そう、闇に堕ちてなお、魔王の心には微かに友情が残っていたのだ。
……うん、既視感あるストーリーだな。
ありきたりとはいえ、ここまで百時間以上プレイしてきた身としては、込み上げるものがある。
だいぶいい年の女、つまり前世の私が、テレビの前でコントローラーを握ったまま、グズグズと鼻をすすっている。
「ヴィンス、俺、俺……」
「アル、全ての元凶は、あの穴だ。お前のその剣と、聖女の力があれば、瘴気を封じることができる……あとは頼む……」
「!任せろ」
魔物を生みだす穴を指さしていたヴィンスの腕が、ゆっくりと下がっていく。
「これでやっと……クレアの所に……」
「ヴィンス!ヴィンス!!」
ゆっくり目を閉じる魔王。その表情は昔の穏やかなものに変わっていた。
慟哭する勇者。
そして、暗闇を彷徨う魔王の前に、オープニングで殺された幼なじみの少女が、微笑みを浮かべて現れる。
2人は手を取り合い、黄泉へ――。
――って、おおい!村娘の次は、お迎えの天使にジョブチェンジってか!?お断りだよ!
思わず叫ぶと、私は何一つ見えない暗闇にいた。
「え?なにこれ、どこ?死後の世界?」
私の独り言には何の返事もない。
自分の身体も手足も見えず、自分がどうなっているのかすら分からない。
戸惑っていると、視界が突然明るくなる。
私の前で、再び『ライトソードファンタジー』のエンディングムービーが始まった。
◇◇◇◇◇◇
「終わったわね、全て」
「ああ」
力を合わせ、魔界の浄化を終えたアルとプリシラ。
小高い丘の上で、光を取り戻す世界を静かに見つめる。
いつもの快活さが見られないアルの背に、プリシラはそっと寄り添う。
「俺、友達を失ってしまったよ……」
「……まだ、仲間がいますわ。それに、わたくしも。ずっと貴方のそばにいます」
「プリシラ……」
しばし見つめ合う二人。
「さあ行きましょう!世界を救った英雄様」
プリシラの冗談めかした言葉に、アルの頬が緩む。
どちらともなく手を繋いだ二人は、朝日に照らされながら、笑顔で仲間達の元へ走り出した。
~Fin.そしてスタッフロールへ~
「だからぁ!『Fin』じゃなーい!」
またも一人で叫んでしまった。
いや、エンディングの内容は勿論知っていたよ。
だけど今、この立場で見ると、猛烈に突っ込みたい!
友とはいえ、魔王となったヴィンスを倒さなければならなかった、アルの立場はよく分かる。
ゲーム上では、ヴィンスも死を望んでいたし。
でもさあ、切り替えちょっと速くない?
もうちょっと悼もうぜ。それから、勇者覚醒のきっかけとなった村娘のことも、少しは思い出せよ。
逆玉の輿に向けて一直線!じゃないよ全く。
完全な八つ当たりである。
ゲームに文句言っても……と分かってはいるが、ムカムカする。
何よりも……。
「なんで、なんで私とヴィンスは、幸せになれないのよ!!」
ただ静かに、一般人として慎ましく暮らそうとしているだけなのに、悉く邪魔をされる。
私達の存在は、勇者と聖女の物語を輝かせる、踏み台に過ぎないと言いたいのか。
怒りのままに喚いていたつもりが、いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
『悔しいか?』
「悔しいわよ!」
『憎いだろう?』
「憎い!……って、え?」
私、今誰と喋っているの?
深淵の中で、その声はどこからともなく、私の頭に響いていた。




