死闘の果てに
見渡す限り魔物で埋め尽くされた平原で、勇者達と魔物の戦いが始まった。
先陣を気って魔物の群れに突撃したのはアル。輝く剣は、一振で複数の魔物を消滅させる。
「わたくし達には神の御加護があります。勇者の剣がその証!臆することはありません」
突然現れた伝説の剣と、目の当たりにするその力。そして聖女プリシラの檄で兵士達の士気が上がる。
「うおおおお!!」
掛け声を上げてアルの後に兵士達が続く。平原はすぐに土煙や血飛沫の舞う戦場と化した。
戦闘能力が一切無い私は、乱戦に巻き込まれないよう後ずさりする。
そんな私に、戦場でもよく通る、透き通った声が響いた。
「クレア、これを」
振り返ったプリシラは、私に向かっておもむろに何かを放り投げてきた。
反射的にキャッチすると、それは白い光をぼんやりと放つ、5センチ位の石だった。
「魔除けよ。それを持っていれば、下級の魔物は近寄らないから」
「あ、ありがとうございます!」
さんざん情勢を引っかき回した私のことまで心配してくれるとは、慈悲深すぎるよ、聖女プリシラよ。
ちょっとウルウルしていると、プリシラはいきなり鼻で笑った。
「その聖石を抵抗なく掴めると言うことは、貴女は魔王でも魔の眷属でもないということね」
は、はめられた!
プリシラはその上品な顔に似合わない、ニヤリとしか言いようのない笑みを浮かべた。
「後でじっくりお話を聞かせていただくわね。観念しなさい、自称魔王様?」
そう言い残し、プリシラも魔物の群れに飛び込んでいった。
◇◇◇◇◇◇
戦闘開始から、恐らく数十分が経過した。
アル達は猛烈な勢いで魔物を滅している。
一般の兵達も、ジリジリと犠牲を出しつつも、善戦しており、かなりの魔物を倒している。
しかし、圧倒的な魔物の量は、未だに終わりが見えない。ゲームでは、千体倒すことで、自動的に戦闘終了、イベントムービーに移行したが、ヴィンスが勇者パーティにいない以上、同じストーリー展開にはなり得ない。
この後の展開が全く予想できない中、突然、戦場を大きな影が覆った。
雲ではない動きに、空を見上げる。
「え?あれって……」
それは空に浮かぶ巨大な獅子。
(……なんでウガルムが!?)
ウガルムは高い知能と魔王に継ぐ力を持つ、伝説の魔物だ。
勿論強いのだが、それ以上に、HPを減らすと、逃亡するイベントがあり、複数回バトルをしなければならないしつこさから、プレイヤーに疲労感とうんざり感を与えた、曰く付きの敵である。
しかし、登場はストーリーの終盤――ヴィンスがアルと袂を分かち、魔王として魔界に戻った後――だったはず。
『魔の行進』の段階では、まだ名前すら出ていなかったのに。
動揺する人間を悠然と見渡したウガルムが、ただ一声、強く咆哮する。
それだけで、衝撃波が戦場に広がった。
「ぎゃあ!?」
その場に尻もちをつく。巻き上がる土煙に、咄嗟に顔を伏せ、耳を塞ぐ。だが、数秒しても、恐れていた二撃目の攻撃は来ない。
恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは、アル、プリシラ、ルースら、勇者パーティのメインキャラと、大量の魔物だけだった。
一般の兵達は、地面に倒れ付し、微動だにしない。
「大丈夫!?」
咄嗟に近くに倒れていた兵士に駆け寄る。
金髪の若い兵は、目を見開いたまま、硬直している。呼吸も鼓動も感じられないが、肌はまだ体温が感じられる。
死んでいるというよりは、時間が停止した状態のようだ。
間違いなく、ウガルムの仕業だろう。
『さあ、勇者、聖女よ。次はおぬしらだ』
アルもプリシラも、空に浮かぶウガルムを睨みつける。
私もウガルムを見上げた時だった。
お腹に強い衝撃が走った。
「え?」
自分の体を見下ろすと、お腹に刃が突き立てられている。
非現実的な状況に、一瞬思考が停止した。
刺されたのだ、と気付くのと、信じられないほどの激痛で地面に崩れ落ちたのは、ほぼ同時だった。
入れ替わりに、倒れていたはずの若い兵士がゆっくりと立ち上がる。その手には、血が滴る剣が握られていた。
「クレア!!」
遠くでアルの声が響く。
「あなた、何をしているの!?」
兵士に向かって詰問する声は、プリシラだ。
だが魔物に取り囲まれた2人は、身動きが取れず、近寄って来れないようだ。
横向きに倒れたまま、辛うじて目だけを動かすと、若い兵士は、何かにとり憑かれたかのように笑いだした。
「俺にも神託が聞こえたんだ!これで魔物はいなくなる!全てはこの女が元凶だ!」
……神託?幻聴じゃ?
そんなツッコミもできる状況ではない。
意識を失いたいと心底願う痛み。呼吸をすることすら苦しい。体は次第に冷えていき、これは死ぬ、と不思議と冷静に判断する私がいた。
そりゃ、魔王を自称したのは私だが、まさかモブ兵士に殺されるとは、ちょっと予想外だった。
考えが甘かったとしか言いようがない。
ぼんやり見上げた空には、ウガルムがホバリングしている。
『これで主は覚醒する。安心して逝け、女』
醜悪な笑みを浮かべ、私を見下ろす獅子の顔を見て、私は神託とやらの出所と、兵士を操った黒幕を理解した。
(ああ、あんたかよ……)
勇者は幼なじみを失ったことで、悔やみ、これ以上失わないために、守る力を欲した。
そして魔王は幼なじみを失ったことで、絶望し、生きる意義を見失い、滅ぼす力を欲した。
人類、魔族、どちらから見ても、私は死ななければならないのだ。
勇者と魔王の覚醒のために。
結局、シナリオに負けるのか。悔しいと思っても、自分から流れ出た血の池に、力なく倒れることしかできない。
視界は次第に暗くなっていく。
(ヴィンスにもう一回、会いたかったな)
最期に映す顔が、ウガルムかよ……と心の中で笑った時、空に浮かぶウガルムが、轟音と共に、地面に叩きつけられた。
同時に、剣を構えたまま、私の横に立ち尽くしていた兵士も、残像を残して消滅した。
降り立つのは、魔物ではなく、ごく普通の人間の輪郭。
黒い髪と、赤い瞳の色だけが、霞んでいく視界の中で、不思議と認識できた。




