勇者、誕生
「にゃーこ!!」
唖然とした聖女様御一行が正気を取り戻す前に、私は空に向かって高らかに叫んだ。
私の声に応じて、巨大な虎の魔物が空から降ってきた。突然現れた魔物に、兵士達から悲鳴のような声が上がる。
ルースやマテオの制止の声も聞かず、にゃーこに向かって弓を放つ者も現れたが、にゃーこが翼を羽ばたかせると、その風圧で1本残らず叩き落とされていた。
(これから魔物の大群と戦おうとしているくせに、魔物一頭でパニックになってどうすんだか)と、どこか冷めた気持ちで、その喧騒を横目で見つつ、悠然と降り立ったにゃーこに駆け寄る。
「ノア!ヴィンスと乗って!」
「乗ってどうすんだよ!?」
「さあ?」
「どこ行くんだ!?」
「ご自由にどうぞ」
「はあ!?」
ぐちゃぐちゃとうるさいノアを、にゃーこの背に押し上げる。文句を言いながらノアがヴィンスを引き上げたのを確認して、にゃーこに話しかける。
「にゃーこ!ヴィンスとノアを安全な所に連れてって」
「ぎゃお」という鳴き声をあげて、忠実なにゃーこは飛び立つ。
「おい!クレア!お前は!?」と叫ぶノアの声はすぐに遠くなっていた。
天高く消えていったにゃーこを見送ると、ここまでの展開を、ただギャーギャー喚きながら見ていただけの人々に向き直る。
プリシラは先程までの慈悲深き表情は消え、目が泳ぎ、焦ったような顔になっている。
どうやら、想定とは大いに外れたらしい。ざまあみろ。
「さて、魔物を使役する自称魔王の私をどうしますか?聖女様?」
「それは……その」
今や全く逆の状況だ。芝居がかった表情で私を追い詰めていたプリシラは、予想外の展開に完全に困惑しており、逆に私は、この先ノープランのくせに、なぜか自信満々でプリシラに問いかけている。
なにせ、私は多くの人の前で魔王を自称し、魔物を召喚(?)して見せた。少なくとも一般人である兵士達は、目の前にいるこの小娘が、本当に魔王なのではないかと思い始めている。私に向けられている、恐怖と憎悪に満ちた視線がその証拠だ。
しかし、プリシラは違う。彼女がどういう訳で、どこまでストーリーを知っているのかは定かではないが、初めからヴィンスが魔王だと目星をつけていた気がする。
その上で、ヴィンスを見つけ出すために、接点のある私を挑発し、マークしていたのだと、今になって察した。
さて、プリシラにとって、利用していただけの私が、いきなり魔王だと自首してしまった。後ろの兵達から「早く殺せ」コールが起こる中で、私を何とかしなければ、ヴィンスを追うこともできないし、魔物の大群に対応することもできない。
(さあどうする?これまで通り、大衆の期待に応え、私を殺す?でも聖女様が、罪のない人間を殺していいのかしらねぇ?ふはははは!)
自分が殺されそうだというのに、何だか妙なテンションになってきた。
気分はすっかり魔王だ。もはや『罪のない人間』のノリではない。
青ざめていくプリシラに、イブキが静かに呟いた。
「姫様、それでは私が」
「……手荒な真似はしないで。捕らえるだけで良いから」
ひとまず生け捕りにすることにしたらしい。
さて、無駄な抵抗と知りつつ、抗うか逃げるか……と次の動きを考える私の前に、大きな背が現れた。
「お待ちください!彼女は魔王でも、眷属でもない、ただの女性です!」
「……アル?」
「アルバート!?どうして!?」
プリシラの悲鳴のような声にも怯まず、私を庇うように立つのは、近衛騎士の制服に身を包んだ我が幼なじみ、アルだった。
「ちょ、ちょっと、どういうつもり!?」
おいおい、勇者がこっち側にきちゃだめでしょ!
プリシラよりも動揺して問いかけた私に、アルは振り返った。
「こんなことになってごめん。プリシラを説得できなかった俺の力不足だ」
そう言うと、アルはプリシラを見つめた。
「プリシラ……いえ、王女殿下、申し訳ございません。彼女は大切な俺の友人。それを傷つけようとする命令には従えません」
「アルバート、わたくしはただ、この世界を守りたいだけだって言ったじゃない。魔を滅することが、わたくしの宿命なの。なんでわかってくれないの?」
最も大切なアルに反抗され、プリシラが見たことが無いほど取り乱している。
泣きそうな表情の美女を見ていると、完全に私が悪役だ。
恐らく、勇者をたぶらかす魔女的な立ち位置になっている気がする。でもここにいる女は、そのシーンからイメージされる妖艶さとか色気とかは全くなく、垢抜けない田舎娘なのだが。
ルースが怒りに満ちた顔で、アルを怒鳴りつけた。
「アルバート!貴様、近衛騎士でありながら、国を、プリシラ様を裏切るのか!?」
「裏切るつもりなんてありません!俺は、友達も、この国も、プリシラも、みんな守りたい!」
もう私達は、少年少女という年齢ではない。職にも付き、それなりに社会経験も積めば、あれもこれも守りたい、みんな仲良く平和になんて、そんな都合のいい展開は現実では不可能だと、分かりそうなものなのに、アルは変わらない。
子供のように純粋な正義感を持ち続ける、主人公のままだ。
「クレアが自分を危険に晒してまでヴィンスを守っている姿を見て、目が覚めた。俺は俺の心のままに、皆を守る!」
アルがそう宣言した瞬間、眩い光が突然降り注いだ。
咄嗟に目を覆い、再びアルを見たとき、その手には輝く剣が握られていた。
(嘘でしょ……ライトソード……ええ……?)
プリシラもルースも、皆唖然とアルを見つめる。
勇者だけが持つ伝説の剣が、遅ればせながら、なぜか今ようやくアルのもとに現れた。
「勇者様?」
沈黙の中、誰かの呟きが響く。
自分で引っかき回したとはいえ、どういうこと?どうしたらいいの、この展開。
私もプリシラも、アル自身も、状況を飲み込めず呆然とする。
しかし、この世界はいつも、私の理解が追いつくことを待ってくれない。
「来たぞぉ!魔物の群れだ!!」
叫び声に慌てて振り返ると、平野の果てに土煙が見える。
遂に来てしまった。魔の行進が。
「は、話はあとよ!みんな、わたくし達の手で、この国を守るわよ!」
「お、おお!!」
さすがは聖女にして王女。プリシラの号令で浮わついた雰囲気が引き締まる。
アルも手に入りたてのライトソードを2~3度振り、迫り来る魔物の大群に向かって構え直す。
私はただ見守ることしかできない。
この時私はすっかり失念していた。この戦いは、勇者パーティに取って、『負けイベント』になるということを。




