村娘、最大の怒り
「……逃げようとしても無駄です」
「のわ!!」
咄嗟に聖女とも魔物とも違う方向に駆けだそうとした私の前に、いつの間にか女が立っていた。
真っ黒な忍者装束に身を包んだ勇者パーティの一人、くのいちイブキだ。
いつからいたのか、いつ現れたのかも全く分からない。ノアも驚いた顔をしている。ノアにすら気づかれないとは、さすがはくのいち。
「……無駄な抵抗はなさらぬよう」
「はい……」
この暗く俯き加減で、ぼそぼそと話す彼女が、頭巾を取ると実はとてつもない美女という、あるあるな設定は今は置いておく。
足止めをくらった私達の傍には、間もなくプリシラ、アル、ルースなどの聖女御一行、そしてゲームではいなかったはずの軍の小隊が到着した。
私達を取り囲んだ兵からは、ざわめきが起こる。
「まさかこの者達が?まだ子供ではないか!」「しかし聖女様のお告げであるぞ」「見た目に惑わされるな」
一体何を言っているのか、さっぱり分からない。
だが、良くないことだということは悟る。なにせ、私達を見る兵は皆、恐怖のような、或いは憎しみのような、冷たい目をしている。
そして何より、いつもあっけらかんとしているアルが、見たことも無いほど険しい顔をして、私達を見ているのだ。
「皆、静まりなさい」
プリシラの透き通る声が響き、騒然とした雰囲気がうって変わって静かになる。
憂いを帯びたプリシラの瞳が、真っ直ぐ私達を見つめる。
無駄とは思いつつも、さりげなく横に移動し、ヴィンスをプリシラの視界から隠しておく。
「クレア、貴女とは先日、シュロアールの街でお会いしたかと思いますが、今、なぜここにいらっしゃるのですか?」
口調は大変優しいが、その目は鋭い。
質問の体であるが、実際のところ、彼女の中では結論が出てしまっている。鈍い私でも察せられる、明らかにそんな表情だった。
そして私は、何一つ言い訳が思い浮かばない。
シュロアールでプリシラと最後に会ってから数日、この平原まで、普通の人間が徒歩で辿り着くことは不可能だ。
ヴィンスのことを説明することはできないし、謎の声に飛ばされたなんて、本人すら分からない現象を、説明できるはずもない。
黙って俯く私に、プリシラは静かに続けた。
「もう良いのです。全て神から教えていただきました」
「……はい?」
急に『神』ってどうした?
プリシラの思考が理解できず、間抜けな顔をしているであろう私に、ルースが高圧的に話し始めた。
「プリシラ様は神託を受けられました。『バルクリア平原に魔物の大群が現れ、遂に魔王が復活する』と。そしてその通り魔物の群れはこの平原に向かい、貴女方がここにいる」
「なにそれ……」
そんなイベント、ゲームには存在しない。ゲームでも、プリシラは確かに『聖女』だったが、ヒールなどの補助魔導をメインに使い、魔物に汚染された土地を浄化する力を持っているからであって、『神託』を受けるシーンなんて無かった。
「その少年がただの子供であることは、シュロアールで保護した時に分かっています。であれば、貴女か、もしくはそこの男性が魔王、そして一方がその眷属」
「はあ!?何言ってんの?」
あまりに断定するその態度に、思わず口調が乱れてしまった。
いや、眷属以外は概ね正しいんだけれど、認める訳にはいかない。
兵を率い、武装して現れている時点で、プリシラたちの目的は明確、魔王の討伐以外考えられないから。
「おい!聖女様に向かってなんて口を利く!」「やはり魔の者か!?」「早く殺せ!」
兵は完全に殺気立っていて話にならない。
助けを求めようと思わず視線を送ったアルは、俯いている。
(もう!役に立たない!)
言い訳をしようと口を開きかけるが、私を制するようにプリシラは言葉を続けた。
「もう誤魔化しは結構です。貴女が魔物を呼び出し、使役した姿をイブキが見ているのですよ」
(え!?いつの間に……)
無言のまま、イブキが小さく頷く。
『魔物を使役した姿』とは、にゃーこを呼び出して背に乗ったことに違いない。
まさか付けられていたとは。完全に外堀が埋められている。
追い詰められた私に、プリシラは実に慈悲深い微笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。貴女は、幼い時から傍にいた魔王に洗脳され、利用されているただの眷属。魔王が滅されれば、普通の人間に戻れますわ」
「……利用されている?」
「ええ。神のお言葉では、魔王が眠りについているうちに、貴女を葬り、力を削ぐよう啓示されましたが、わたくしは、犠牲をこれ以上出したくありません。アルバートの幼なじみの貴女を、わたくしは救いたい」
両手を胸の前で合わせ、潤んだ瞳で小首を傾げるプリシラ。魔王の眷属に成り下がった者にも手を差し伸べる、どこからどう見ても、非の打ち所のない、理想的で完璧な聖女だ。
プリシラのショーを見せられている兵士達も慈悲深く健気な聖女に、完全に落ちている。
――なんなのコイツら。
ここにいる全ての人間に、ものすごく腹が立ってきた。
相手のことを思いやっているように見せて、こっちの話は全く聞かない聖女。ひねくれ者の私から見れば、自分に酔っているようにしか見えない。
ルースやイブキ、兵士達もそう。『理想の聖女』に陶酔し、聖女の言うことが全て、自分で考える気が一切ない。
それから、私のことも、ヴィンスのことも、物心ついたころから知っている筈なのに、何ら発言しないアルよ。
私が死ななかったせいで、勇者の力を覚醒できていないことは、大変申し訳なく思うが、すっかりモブになっちゃって、それでも主人公か。まあ前世社畜だった私としても、上司の発言に異を唱えられない気持ちは分かる。でもムカつく。
確かにヴィンスは魔王だ。そして、ヴィンスの傍にいると決めた私も、洗脳された覚えはないが、眷属といえば眷属になっちゃうのかもしれない。
……で、私達、ご迷惑かけましたか?
正義の味方のような暮らしはしていないが、かといって、自分の良心に恥じるような生活はした覚えはない。
ヴィンスは不器用で誤解されやすいかもしれないが、私より遥かに優しく、思いやりのある人だ。
こっちの人となりも何も知らず、滅するだの殺せだの、よく好き勝手言えたものだな。
何が何でもヴィンスを『悪』とし、『正義』の聖女様が葬るストーリーに持っていこうとするこの世界、そしてその通りにのみ動く人達に、私は私史上最高の怒りを感じた。
(いいわ。神託だか何だか知らないけれど、抗ってやるわ!ヴィンスは殺させない)
怒りを突き抜けた私の頭は、この世界の予定調和を壊すべく、とんでもない発想を叩き出した。
「……プリシラ様、申し訳ありません。確かにおっしゃる通り、私は魔物を使役しました」
突然しおらしく話し始めた私に、自分の想定通りとでも思ったのか、プリシラは微笑みかけてきた。
「クレア、良いのですよ。貴女に罪は……」
「でも、私は魔王の眷属ではありません」
プリシラの言葉を途中でぶった切る。話を遮られるなんて失礼な目に遭ったことが無いのか、一瞬プリシラは驚いたように目を見開く。
私は、背後の兵士達にも聞こえるように、大声を張り上げた。
「なぜなら、魔王は私だから!!」
空気が凍りついた。
さあ、村娘がストーリーを引っ掻き回しますよ?
自己陶酔型の聖女様、主体性のない皆様、そして神様とやら。




