前門の魔物、後門の聖女
「ノア、魔物の気配を察するの、得意だよね?」
唐突な私の問いに、ノアが不思議そうに答える。
「まあ。方向や距離はなんとなく分かるけど?」
ノアの力を頼りにすれば、魔の行進を避けながら逃げられそうだ。
ノアか、もしくはにゃーこに頼めば、ヴィンスを運ぶことも可能だろう。
移動の目途がついたところで、先程の女性冒険者に声をかける。
「すみません。魔物の侵攻状況を分かる範囲で教えていただけませんか?」
「ああいいよ。まず最初に襲われたのが、北のドルヒー村だ。それから南の丘陵地帯を越えて……」
ギルドにある大判の全国地図を指し示しながら、彼女は丁寧に教えてくれた。
当初、北から現れた魔の行進は、真っ直ぐ南下していた。その直線上にある街は、シュロアールだ。
それが、途中で一旦侵攻を停止し、やや南西よりに進路を変更している。
時期はヴィンスがシュロアールを出てしばらく経った頃と一致。新しい方角には、ここ、エイスローがある。
ここまでは予想通りだ。
地図を凝視しながら、今後の進むべき道を考える。
ヴィンスは動けないが、ここに留まっていれば、確実に魔物の大群はやってくる。
そうなれば、ここにいる逃げ遅れた病人や負傷者は、まず間違いなく巻き込まれ、命を落とすだろう。
そして何より、ヴィンスを魔王にするストーリーが進みかねない。
とはいえ、ノアの力を借りて逃げるにしても、魔物は追いかけてくるだろうし、その通過経路となる街や村が壊滅していく一方だ。被害がひたすら拡大してしまう。
いくら『他人の事は二の次』がモットーの私とはいえ、寝覚めが悪すぎる。
ならば、既に魔物が通過し、壊滅している方角へ逃げたらどうだろう。
魔の行進と鉢合わせないように迂回し、恐らく誰もいなくなってしまった北の地域をグルグル逃げれば、被害を拡大せず、時間を稼げるのでは、と閃いたのだ。
……時間を稼いだあと?その先の作戦はまだない。
しばらくすれば、ヴィンスが目覚めるかもしれないし、アルやプリシラ達が何かうまいこと解決してくれるかもしれないし。
少なくとも、魔物の大群に対して、一般人たる私ができることは何もない。目先の問題に対応するしか今はない。
「ありがとうございました」
女性冒険者にお礼を言うと、手早く荷物を整える。
「魔物を避けて、北に向かおう」
「……分かった」
我ながら説明が無さすぎるし、魔物がいる方角に魔物を避けて進もうなどと、全く意味不明なことを言っている自覚はあるが、物分かりの良すぎるノアは、理由を聞いてくることはなかった。
ノアなりに深刻な顔をしているし、何か察するところがあるのかもしれない。
ヴィンスは細身とはいえ、小柄なノアが背負うにはあまりにも大きいように見えるが、普通の人間より身体能力の優れているノアは、寝たままのヴィンスを簡単に持ち上げると、軽々立ち上がった。
「じゃあ、行こうぜ」
私、ノア、ヴィンスの逃走劇が始まった。
終着点は未定だけど。
◇◇◇◇◇◇
「どう?魔物の気配はする?」
「いや、離れたと思う。あっちの方にいるとは思うけど、大分遠い」
そう言ってノアは、南東の方角を指さす。どうやら上手く魔物を躱して来れたようだ。
私達が辿り着いたここは、地図上では小さな町があったようだが、今は崩れた家や瓦礫が広がり、人の気配は無い。
比較的まともな形を残している家を選び、不法侵入をした。
この2日間、魔物を避けて歩き、少し余裕が出る度に休むを繰り返し、順調に北に逃げている。
しかし、未だにヴィンスは目覚めないし、事態打開の目処も立っていない。
眠ったままのヴィンスを床に横たえると、ノアと共に、持ってきた冒険者用の携帯食を食す。
前世のレトルト食品や缶詰とは比べ物にならないほど、味は大雑把で食感も悪いが、味わうことなくかきこみ、座ったまま壁に寄りかかる。
ノアは既に大の字で寝ている。
(どうしよう……どうすれば良いのか全然わかんない。ああもう!ヴィンス、いつまでも寝てんじゃないよ!寝顔もイケメンって、腹立つな。てか、まつ毛長っ!)
ヴィンスの寝顔にひとしきり罵ると、どっと疲れが出て、うつらうつらと微睡む。
どのくらい時間が経ったころだろうか。
『舞台は整った、我が主よ』
「……えっ?」
頭の中に響くような声で目を開ける。視界の端で、ノアも飛び起きている。
「え、え、ええ?」
そこは、先程まで休ませてもらっていた民家ではなかった。
眼前には、どこまでも続く荒野。草とむき出しの岩、そして所々に生える木。
「どこだよ、ここ?」
「ここって……」
困惑するノアの声を聞きながら、私は血の気が引いてくのを感じた。
始めて来た場所、だけど、この殺風景は見覚えがある。
(『魔物千匹斬り』のフィールド、バルクリア平原だ……)
避け続けていたイベント発生場所に、なぜかいる。
理解が追い付かないが、誰かが、何らかの力で、私達をここへ連れてきたとしか思えない。
(やばいやばい、早くここから逃げないと!)
慌ててヴィンスに駆け寄る。共に移動させられたヴィンスは、相変わらずお休み中だ。
「クレア、マズいぞ。魔物の大群がかなり近い!正面から来る!」
「分かってる!急いで!」
ノアを急かして背後に向かって駆けだした。
だが、見通しの良い高原の、その先には、何か動く影が見える。
「人だ」
私には米粒くらいにしか見えないが、どうやら私より遙かに視力が良いらしいノアが呟いた。
「10人、いや20人?結構人数がいるぞ。……一番前にいるの、こないだの聖女じゃね?」
「……マジか……」
私達を挟んで、強制的にストーリーが進もうとしていた。




