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【閑話】魔王の誕生と、君に迫る危機

久しぶりのヴィンス視点です

僕の一番古い記憶は、白く、冷たい世界だ。

それは、今の、この世界ではない。

もっと前、かつての『生』の時のものだ。


1年中雪の融けない凍った山奥に、誰からも忘れられたかのように、ひっそりと存在する集落。

そこで生まれ、やっとの思いで命を繋いでいた、痩せ細った子供。それが前世の僕だった。


それでも、親が生きている間は、まだマシだった。

まだ『人間』として扱われていたから。

出稼ぎに行った父が戻らず、母が衰弱死したあと、残された子供は、集落の中で、厄介者となった。


この集落で、余裕のある暮らしをしている家族など、1つもない。

役立たずの子供を引き取る者など、あるはずもなく、木の根を掘り、ゴミを漁り、誰からも手を差し伸べられることのないまま、僕は、少しずつ両親のいる世界に近付いていった。


同じ頃、集落の周りには、狂暴化した獣が出現するようになった。

熊も、鹿も、兎すらも、従来のものから遥かに巨大化し、毛の色も、瞳の色も変わり、人を襲う。


山の下の村にも、狂暴化した獣は現れるようになり、人々は山奥に次々と調査に入った。


間もなく、集落より更に奥、そこに大きな穴が見つかった。

その穴からは、禍々しい黒い煙が吹き上がり、辺りには、燃えるような熱気と瘴気が立ち込めていた。


その黒い煙に触れた鳥が、みるみる変異していくのを目の当たりにした人々は、この穴が原因だと結論付けた。

しかし、原因は特定しても、解決策は見つからない。


そんな中、聖女を名乗る老婆が集落に現れ、重々しく告げた。

『あの穴は邪神が住んでいる。生贄を差し出し、邪神の乾きを癒すべし』と。


村の片隅に転がっている子供のことを思い出した人々は、なんの躊躇いもなく、その子供――僕を穴に放り込んだ。


その時の感覚は、筆舌に尽くしがたい。

まるで生きたまま体が焼かれる感覚、あるいは粉々に引き千切られる感覚、地獄に堕ちたような苦しみを味わい、何度も世界を、人を呪い、死を切望した。


そして気付くと、全く別の姿で、僕はあの穴の前に立っていた。

自分自身の力では起き上がることすら出来なかったのに、力が満ち溢れている。


試しに、傍の巨木を片手で押してみると、何の抵抗もなく、根元から倒れた。


周辺では、僕を穴に運んだ集落の男達が、何やら喚いている。


『煩いな』と思っただけで、急に静かになった。

折り重なってピクリとも動かない男達を、気にすることもなく、降りていく。


高台から見る、貧相な家屋が立ち並ぶ集落。助けてくれる人など1人もいなかったその村に、思い入れなんて1つもない。

『燃えちゃえばいいのに』

そう思うと、村は火の海になった。

逃げ惑う人々を見ても、何の感情も湧かない。


その後も、何かをしたいなんて、深く考えたことはない。

ただ『こんな世界なんて、滅べばいいのに』それだけだ。


そして、僕は魔王と呼ばれる存在になった。


魔王は、別に人間を滅ぼそうとか、魔物の世界を作ろうとか、そんなことを考えてはいない。

ただ、自らも含め、世界の全てをゼロに戻すことを望む者、それが魔王なのだろう。



◇◇◇◇◇◇



魔物の侵攻を止めようとしていた僕の前に現れたのは、巨大な獅子の魔物、ウガルムだった。

山道を歩く僕の前に舞い降り、前足を折るようにして跪く。


『お迎えに上がりました。我が主よ』


こいつにだけは会いたくなかった……。

自分の背に冷や汗が流れていくのを感じる。


人語を解し、意志疎通を可能にする高い知能、そして圧倒的な力は、前世でも魔王の次に強いとされていた。数千年経った今も、その力は健在だ。

――そして、今の僕は、こいつよりも弱い。


僕の前に跪いていたウガルムも、違和感に気づいてしまったようだった。

赤い瞳が、スッと細められる。


『主よ、力が戻っておられぬのか?』


返事は出来ない。

そう、ウガルムが勘付いた通り、僕の力は、前世の半分も戻っていない。

原因は自分でも分かっている。魔王の力を覚醒させるために必要な要素を、持ち合わせていないからだ。

なぜなら、今生の僕は、世界に絶望していない。むしろ、彼女のいる世界を絶対に守りたいと思っている。

もし、勇者(アル)を殺すため魔物に襲わせたあの時に、彼女まで殺してしまっていたら、間違いなく狂い、魔王になっていただろうが。


しかし、魔王の力が覚醒していない僕では、こいつを従わせることが出来ない。魔物は、自分より弱いものの言うことは絶対に聞かない。

内心焦る僕を、じっと見つめていたウガルムは、温度の無い声で話し始めた。


『それでは主よ、僭越ではあるが、我が手伝おう』

「……何を!?」


まだ日が出ている時間だったはずなのに、闇に包まれていく。

『主をヒトに縛り付ける枷を、壊しておいてやろう。我の手ではなく、ヒトの手で』

「……やめ……ろ……」


人智を越える力を持ち、狡猾な頭を持つウガルムは、全てを理解したように、僕を闇に封じる。

抗っても脱出できない永遠の闇の中で、僕の頭を占めるのは、魔王の力とか、世界とか、そんなことではない。


――クレア、逃げろ――


僕をヒトに留めておく最後の砦、クレアの事だけだった。

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