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シナリオから外れていく


「にゃーこ、私のこと覚えていてくれてありがとう」

『グガゴギャア』


にゃーこの背に跨がり、北へ向かって空を駆ける。

モフモフの毛を撫でると、全く可愛くない唸り声で返事をしてくれた。

声は怖いが、決して敵意はなく、むしろ甘えている声だということは何となくわかる。

姿は大分変ってしまったが、仕草や鳴き方に、孤児院でお世話していた頃の面影が残っている。


「クレア、センスねぇなー」

「うっさい。落とすわよ」


ノアは相変わらず可愛げがない。

猫はにゃーこ、犬はわん子、ハムスターはハム。それが前世から続く私のネーミングセンスだ。

わかりやすくて良いと思うのだが。


眼下を流れる景色は、かなりのスピードで流れていくが、不思議なことに、にゃーこの背中に乗る私達にかかる風圧は、それほど大きくない。

約半日飛び続け、陽が傾き始めた時、ふとノアが口を開いた。


「もしかして、あの街じゃね?」

「え?そうなの?」


ノアの言葉に、前方に見えてきた街並みを見下ろすが、そもそも私はエイスローという街に行ったこともないし、ゲームでも登場しなかった街だ。風景だけで、ここがどこか分かるはずが無い。


「なんで分かるのよ?」

「リリー姉ちゃんから、エイスローは時計塔が目立つ街って聞いてたから。ほら」


確かに、前方の街の中心部には、高い時計塔がそびえ立っている。

「え、もう着いたの?にゃーこ、凄くない!?」

『ゴグァ』

空を飛ぶ魔物のスピードは想像以上だったらしい。

誇らしげに喉を鳴らすにゃーこは、街から少し離れた繁みに着地した。


「ありがとう。今度ゆっくりお礼するね!魚、たくさん用意するから」

「えっ?魔物が魚食うの?」

『ギャゴゥ』

にゃーこの顎の下を力一杯撫でる。満足げに一声鳴いて、にゃーこは再び高く飛び立っていった。


「さて、行きますか」

「俺の質問は無視か!」


ギャーギャーうるさいノアは無視して、街に向かい歩き出す。

街を取り囲む城壁まで来ると、石門の上に「エイスロー」の街名が大きく彫られている。

門をくぐり、街の中に入り込むと、明らかな違和感を感じた。


まず、治安が良くないこの世界において、それなりの規模の街では、入り口に衛兵が立ち、旅人や商人など、出入りする人のチェックを行っている。このエイスローの門の脇にも、明らかに番所と思われる建物が建っているが、中は無人。出入りが自由になってしまっている。

ただ、そもそも、私達以外に出入りする人がいない。大きな街なのに、人の気配がほとんど感じられない。


静まり返った不気味な通りを抜ける。所々にある道案内の看板を頼りに、たどり着いたのはこの街のギルドだった。


「あの~、すみません」


普段なら冒険者達で賑わっているはずのギルドは、まばらな人影しかない。それも、手負いの冒険者がほとんどだ。

私の呼び掛けに、冒険者の姿をした女性が飛び出してきた。

年の頃は……前世の私くらいか。身長はスラッと高く、鎧の上にマントを羽織った、派手な顔立ちの美女だ。

この人は、ゲームでは見たことがない。


「おいおい、子供がまだ残っていたの!?お嬢ちゃん、逃げ遅れたのなら、誰か付けてあげようか?」

「あ、いえ、違います。私達は、人を探してまして……」


勢いに圧倒されながら、用件を伝えると、女性冒険者は目を丸くした。


「人探しって、こんな状況で!?あんたら、今ここがどうなっているのか、分かってるのかい?」


全然分かっておりません!とは、さすがに言えなかった。微妙な雰囲気を醸し出す私達に、彼女は捲し立てるように続けた。


「他の方角に向かっていたはずの魔物の大群が、数日前に突然進路をこっちに変えたのさ。住民は全員避難、腕のある冒険者は、皆魔物の足止めに出払っちまった。残っているのは、怪我人、病人、役立たずばかりだよ」


そう言いながら、彼女はマントの右腕側をチラッと上げる。そこにあるはずの腕は無かった。

魔物と戦う前線の厳しさを突きつけられる。

それでも、ここまで来て、そのまま引き返すわけにはいかない。


「この街に、シュロアールの冒険者で、ヴィンセントと言う人がいると連絡を受けて、探しているんです。ご存知ありませんか?」

「シュロアールの冒険者……というと、もしかして黒髪の男の子かい?あんたと同じ年頃の?」

「たぶんそうです!今どこに!?」

「……この上さ。着いてきな」


女性の後に続いて、階段を上る。ギルドの2階はいくつかのスペースに分かれているが、包帯を巻いた怪我人でごった返している。

血液や、消毒液の独特の匂いが充満する中を、寝ている人を跨ぐように奥へ進む。


ヴィンスは一番奥、壁際に寝かされていた。

「ヴィンス!!」

「ヴィー!?」


ノアと共に駆け寄り、呼びかけるが、ヴィンスの目は固く閉ざされている。

慌てて全身を目視で確認するが、包帯もなく、怪我をしているところも見当たらない。

しかし、いくら呼んでも、揺すっても意識を取り戻す様子がない。


「何があったの……?」

「分からない。北東の山の中で、倒れているところを見つけた冒険者が運んできた。怪我もないし、なぜ意識が無いのか分からない。魔導士がいれば何か分かるかもしれないけれど、この状況じゃあね」


淡々と説明を受けるが、頭には何も入ってこない。

冷静に考えなければ……と思えば思うほど、頭の中は空転する。

冷たいヴィンスの手をぎゅっと握り、呆然とその顔を見つめる。


気を利かせてくれたのか、他の仕事があったのか、女性冒険者は席を外してくれた。

黙ってヴィンスを見ていたノアが、ポツリと呟いた。


「……なんか、嫌な感じがする」

「『嫌な』って、どういうこと?」


ノアの質問の意味が分からず、聞き返すが、ノアもよく分からないようで、もどかしそうに説明をし始めた。


「なんて言えばいいのかな……なんか、ワサワサするっていうか、変な気配がするっていうか」

「何が言いたいのか、全然わかんない!」


要領を得ない説明をするノアに、イライラをぶつけてしまう。

「あー!」っと頭をかきむしったノアは、やけくそ気味に言い放った。


「ヴィンスから、魔の気配がするんだよ!しかも感じたこと無いくらい強力な。俺、そういうの感じとるの、得意だから!」


ヴィンスから魔の気配?それって……どういうこと?

(何があったのよ!?もう!)


大きく逸れたストーリーが、また訳の分からない強制力を発揮してしまったのだろうか。

目を瞑ったまま、魔の気配とやらを垂れ流すヴィンスは、当然何も教えてくれない。


うつむく私に、ノアは恐る恐る話を続けた。


「で、どうする?ヴィンス連れて逃げるか?」

「逃げる?」

「だって、もうすぐここ、魔物の大群が来るだろ?このままいたら、俺達も巻き込まれるんじゃない?逃げるなら、俺ヴィンス背負うぜ」


ノアが凄く頼りになることを言っている。確かに、普通ならヴィンスを連れて逃げるべきだろう。


でも、魔の行進の目的は、この街ではない。ヴィンス自身だ。

彼らの王を迎えに来ているのだから。


だとすれば、ヴィンスを連れている限り、どこへ逃げても、魔物達は方向を変えて追いかけてくる。


(どうしよう……どうすれば良いの、ヴィンス?)


いつも私を助けてくれたヴィンスから答えはない。

前世の記憶も全く役には立たない今、自分で考えて動かなければ。


何よりも、ヴィンスにとって良い道を。

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