猪突猛進で行くしかない
「はぁ~、疲れた……」
精神的な疲労でぐったりと項垂れながら、慣れた道を歩く。
思わず心の声も、口から漏れ出す。
プリシラとの全く楽しくない面会の後、これまた気の進まない、ルースとの馬車移動。
家から少し離れた通り沿いで下ろして貰い、歩いて帰ることにした。
「よろしいのですか?ご自宅前まで送りますよ」
と、とても良い声で言われたが、もうこれ以上は私のメンタルがもたない。
それに、自宅前までこんな立派な馬車で乗り付けたら、妙な噂になりかねないし。
夜風に吹かれながら、プリシラとの話を振り返る。
プリシラの目的は明確、魔王の正体を探し出すことだろう。
そして、その口振りから、魔王は勇者(仮)アルの近くにいると思っている。
根拠は『恋する乙女の勘』という意味不明な物だったが、本心で言っているのかは掴めない。
何か別の理由で、きちんとした確信を持っている、そんな気配も感じた。
プリシラは王女だ。見た目は清廉潔白な聖女様だが、性格まで純粋無垢なはずはない、と私の勘が告げている。
自分の腹を読ませないことくらいお手の物だろう。
そして、姿がなかったアルは、そのことをどう思っているのか?
アルには知らせず、プリシラが単独で動いているのか、それともアルも聞いているのか……。
考えれば考えるほど、頭が混乱してくる。
(……とにかく、ヴィンスが魔王ということは絶対に知られないようにしないと)
今のヴィンスは、人類の敵の魔王、ではないと思う。
少なくとも、私にとっては幼なじみ……いや、それ以上に大切な人だ。
まず、優先すべきは、ヴィンス。そして私の平穏だ。
(魔物の大群はヴィンスが何とかするって言っていたし、私はプリシラに怪しまれないよう、大人しくしているべきか)
そんなことを考えていると、見慣れたアパートメントの外壁が見えてきた。
(もう夕飯作るのやめよ。寝たいわ……ん?)
私達の部屋の前に、誰かいる。
ドアの前を右往左往する小柄な人影は……。
「リリー?」
「あ、クレア!どこ行ってたのよ?もう!」
ギルド受付で、日々色々なトラブルに対応しているリリーが、珍しく焦った様子で駆け寄ってくる。
「どうしたの?」
「さっき、エイスローのギルドから魔導電信があってね……」
エイスローは北の国境に近い、中規模の街。
今まさに、『魔の行進』が迫っている街だ。
急激に高まった私の不安を肯定するように、リリーは最悪に近い情報を口にした。
「大怪我をして、意識がない冒険者を見つけたらしいんだけど、その人、ヴィンセントさんのギルドカードを持っているみたい」
「……嘘……」
ギルドカードは、所属ギルドが発行する、各冒険者の身分を証明するカードだ。勿論ヴィンスも持っている。
でも、ヴィンスが怪我?そんな馬鹿な。
例え盗賊だろうが兵士だろうが、何人いたってヴィンスが負ける訳がないし、魔物に襲われる魔王なんてもっとあり得ない。
本当にその冒険者がヴィンスだとしたら、普通じゃないことがヴィンスに起きているということだ。
「……エイスローね。私行ってくる」
「ち、ちょっと待って!落ち着いてクレア」
リリーは慌てて私の腕を掴むが、私は自分でも驚くほど冷静だ。不思議と頭の芯が冷えている。
「通信だけじゃ状況がわからないじゃない。行ってみないと……」
「エイスローは普通の時でも一週間はかかるのよ!まして、今は魔物が迫っていて馬車も出てない!行くのは無理よ!」
既にエイスローの方角を頭に思い浮かべている私に、リリーは腕を掴んだまま呼び掛けてきた。
「ね、明日、もう一回エイスローのギルドに様子を聞いてみるから。それまで待って!」
「……うん、分かった」
本当は今すぐ飛び出していきたいが、リリーに再三宥められ、渋々同意した。
真夜中に一人街を出たところで、危ないだけで何も解決しないことは、私だってよく分かっている。
分かっていても、焦燥感は募り、その晩は一睡も出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
翌朝、太陽が昇るのをイライラと待ち、明るくなるやいなや、ギルドに飛び込んだ。
まだギルド内にはほとんど人気がないが、奥にギルド長のイアンさんとリリーがいた。
「おはようございます!あの、ヴィンスは!?」
「……おはようクレア、それが、その……」
歯切れの悪いリリーの言葉を引き継ぎ、イアンさんが淡々と続けた。
「連絡がつかない」
「れ、連絡がつかないって、どういうことですか!?」
イアンさんを責めても仕方がないと分かっていても、自分の口調がキツくなっていくのが止められない。
「通信機の故障かもしれないし、もしかしたら、魔物がかなり迫っていたはずだから、避難したのかもしれない」
眉間にシワを寄せるイアンさんと、あたふたするリリーを見て、私は静かに決意した。
「色々ありがとうございました」
それだけ言うと、二人の呼び止める声も聞かず、すぐにギルドを飛び出した。
自宅に戻り、用意してあった荷物を掴み、街を走り出す。
元々私は、ごちゃごちゃと考えるタイプではない。
ヴィンスからも呆れられていたが、まず行動あるのみ。反省は後ですれば良い。
エイスローまでの道は、一晩地図とにらめっこして考えてある。
私は何がなんでもヴィンスの所に行ってやる。




