聖女の憂い
後半視点が変わります。
(……私が何だって?マオウ……?)
「……まっ、ままま魔王ぅ!?」
動揺のあまり、呂律が怪しくなってしまった。
「お、お待ちください!わ、ワタシ、マオウ違います!」
なぜか胡散臭い片言になってしまった。
この美しい聖女の中で、いつ何がどうなって私が魔王なんていう発想にいたったのか?
突っ込みどころ満載だ。
「落ち着きなさいな」
「私、魔王じゃありません!」
人の気も知らず、プリシラは元通り口元の笑みを浮かべているが、さすがにこれは声を大にして言いたい。私はしがない一般人だ。
本当の魔王はヴィンスですよ!とは言えないけれど。
「まあまあ、冗談よ」
「……はあ」
その冗談は全然楽しくない。
一体プリシラは何を言いたいのか。掴めないままの私に、おっとりとプリシラは続けた。
「まず、アルバートは今代の勇者です。これは分かる?」
「は……エエ!アルが勇者ですか!?」
危ない危ない。危うく「はい」と言いかけた。
勇者の力も勇者の剣も持っていない今のアルに、勇者の証は何一つ無い。前世の記憶がなければ、アルが勇者だなんて思いもしない。
……じゃあどうしてプリシラは知っているのか。聖女の力だろうか。
「アルが勇者だなんて、本当ですか?信じられないのですが……?」
「そうね、確かに今のアルバートは、言い伝えられている勇者の特徴は何一つ無いわ」
私の疑問に、プリシラはあっさりと同意した。
しかし、続けた言葉は自信満々だった。
「でもね、わたくしは、アルバートに出逢って以来、彼のことで頭が一杯なの。わたくしが、これほど惹かれたこと、それだけでも普通の男性でないことは明らかです」
頬を染める美女は、こちらの胸まで思わずときめいてしまう程の、恐ろしい破壊力だった。
聞いているこちらが恥ずかしくなるような惚気だが、プリセラは実に嬉しそうに口にする。
客観的に見たら、恋に浮かれたプリンセスの妄想。根拠も何もなく、なんだそりゃと一笑に付される程度の仮説だ。
しかし、それが実際に正しいのだから始末が悪い。
「ええっと……」
「でも、アルバートは勇者の力を開花させていないし、自覚もない。何か理由があるはずなのよ。そこで、これまで彼の育った環境、事件を事細かに調べさせてきたの。その結果、浮かび上がったのが貴女」
「わ、私?」
プリシラは私にビシッと指を突きつける。
思い当たる節は、……なくはないけど。
「アルバートと貴女は、故郷の村にいる時に、何度か魔物に襲われているわね?」
音が聞こえるのではないかと思うくらい、心臓がバクバクしている。
プリシラはどこまで知っているのか、もはや全て見透しているようにすら思え、今すぐ逃げ出したい。
それでも、表面上は必死に平静を装う。
「はい。でも、田舎では、魔物自体は珍しくはないです」
「ええ、魔物に襲われることはよくあることだわ、残念ながら。でも、その度に、アルバートも貴女も生き残っている。旅の冒険者が現れたり、突然魔物が逃げていったり。実に運が良いのね」
「……あはは、信心深いお陰かもしれませんね」
プリシラ、鋭すぎる。
背中を伝う嫌な汗を感じながら、私はその場しのぎの言葉でとぼけていく。
「本当に、神の御心ならば良いですけれど」
神に仕える聖女は、憂い顔で目を伏せた。
それっきりしばらく黙りこくったプリシラに、私から何か話しかけることもできず、沈黙が続いた。
「今日はお話しできて楽しかったわ。ありがとうクレア。ルースに送らせます」
えっ、いきなり終わり!?
さすがプリンセス、自分勝手だな。こっちは中途半端な生殺し状態ですけど!何なの?何のために呼んだんだ!?
と言いたい。言いたいが、一平民が王女に文句を言える筈もなく、私は現れたルースに手際よく回収され、来た時と同じ馬車に詰め込まれた。
嵐のような時間だった。
◇◇◇◇◇◇
「イブキ、いる?」
「はい、姫様」
囁くような小さな声にも関わらず、プリシラの求めに応じて、どこからともなく一人の女性が現れた。
顔立ちも、着ている真っ黒な衣装も、この国の物ではない。
イブキと呼ばれた彼女は、故国では『くのいち』と呼ばれる、密偵を生業とする一族出身だ。
「あの娘……クレア、しばらく見張っていてくれる?」
「御意」
イブキは余分なことを聞くことは一切ない。
了承の意を伝えると、風のように消えて行った。
「さて、どうしましょうか……アルバートには嫌われたくないし……」
人払いされた部屋で、一人思い悩むプリシラ。
その静寂を、ドアを叩くけたたましい音が破った。
「ただいま戻りました!殿下、ご依頼のプリン、購入して参りました」
「アルバートったら、力強すぎよ。それから、人がいない時は、敬語は使わなくて大丈夫」
「ごめんごめん。しかし珍しいな、プリシラがおやつ食べるなんて」
アルバートは笑いながら、シュロアール人気菓子店の包み紙を置いた。
「ありがとう。急に食べたくなってしまって」
「いいよ、お安いご用。ところで、誰か来ていたのか?」
アルバートは、プリシラの前に置かれた二客のティーカップを目に止めた。
「ええ。領主の関係者が挨拶にね。今片づけさせるわ。一緒にプリン食べましょ」
「ああ」
アルバートのいつも通りの明るい笑みに、プリシラも釣られて微笑んだ。




